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仲間に殺されかけた僕、逃げ延びた敵国で世界を守ります  作者: 衣谷一
瘴気編 - ドラゴンの国
8/71

取り調べという名の

 飴色の階段を上りフロアは最上階。最初に見た雑多な雰囲気の職場とは雰囲気を一線を画す。


 どこもかしこも磨きに磨かれた木材で立てつけてあるから、木でできているのに宝石のような、真珠や琥珀を思わせる輝きを放っていた。扉だって手間がかかっているのであろう、丁寧な彫り物がしてあった。何を描いているのだろう? 生き物が描かれているように見える扉があったが、細かく見ることは叶わなかった。


 僕を縛る鎖を手放したかと思えばその扉を開けたからである。もちろん、魔法で。ただ手のひらを前に突き出すだけだった。


「エフミシア、お前はこの部屋に誰も入ってこないよう見張っておけ。私とこの男だけで話をする。誰も入れるな」


「分かりました」


 もう一つの鎖が僕のふくらはぎにぶつかった。


「では君、こちらに」


 ロジ主任に言われるまま部屋の中に入ると、背後でエフミシアさんが戸を閉めてしまった。扉の部屋側には縁取りするような線が彫り込んであるだけで、生き物の彫刻はされていなかった。


「さて、犯罪者のような真似をさせてしまって申し訳ないね」


 大きく湾曲した机に寄りかかるロジ主任は指をクイクイっと動かして見せた。僕に近寄れと言っているのだろうと思ったら、僕が動く前に拘束具が動き始めた。ひとりでに鍵が外れて指先へと漂っていった。


「私はロジ、アントワーヌのロジだ。まあ椅子に腰掛けてもらって。君の名前を聞かせてもらおうか、人間くん」


 壁際に並べてあった椅子がひとりでにスライドして、僕の背後にすり寄ってきた。あまりにも贅沢な魔法の使い方に呆然としていると、椅子を小刻みに動かして膝の裏をつついてくる。どうしてこのようなことができるのだろうと思えるぐらいに器用だった。


「僕はノグリです。エフミシアさんが言っていたとおり、仲間に襲われて逃げてきました」


「それじゃあノグリくん、こちら側に足を踏み入れて何をするつもりだい?」


「何をするつもりって、僕はただがむしゃらに逃げていたらたまたまドラゴンの領域に来てしまっただけで」


「そう、もう来てしまった。これからどうするのかと聞いているのだよ。人間の里に戻るのか、あるいは、懐に入り込んで一矢報いるか?」


「何も決まっていないです、無我夢中だったから、ああするこうするなんて考えていなかったです」


「としたら、ドラコを狙う可能性もあるってみなしてよいということね」


 何が『表向き』だ。やっぱりちゃんとした取り調べではないか。ロジ主任は僕を疑っているに違いない。ドラゴンは人間にとっては倒すべきもの。昔からの言い伝えにも記されているし、いろんな寓話や詩人が歌う言葉にも表されている。


 ドラゴンは人間の敵。人から聖地を奪った存在。邪悪は討ち滅ぼさなければならない、聖地を取り返さなければならない。


 同じように、ドラゴンは人間を敵視している、だからこうやって問いただしているのだ。


 思えば、これでもかというぐらいに魔法を使いまくっていたのは、僕に見せしめるためだったのかもしれない。どれもさり気なく使っていたが、並の実力では到底なしえないことばかりである。


 この時でさえ、もしかしたら喉元に見えない刃物が突きつけられているかもしれない。


 パーティで掲げた目標――ドラゴンを倒す。


 いざ本物を前にして分かった。


 僕には到底倒すなんて、殺すなんてできない。


「僕に、そんなこと、できっこないです」


「できない? 何だ、敵を前に怖気づいてしまったというのか」


「僕にはそんな贅沢に魔法を使ったり、高度な魔法を使ったりできません。魔力を感じ取るなんて、エフミシアさんも何食わぬ顔でやっていましたが、人間でそれができる人と会ったことがありません。そんな技量、僕にはありません。僕ができることと言えばたかが知れています。だからできっこないのです。そもそもが違うから」


「そうか、ならば問題ない」


 突然口から放たれる言葉が姿かたちを変える。とげとげしい、いかにも相手を刺激するような言葉がどこにもなかった。あるのは事務的な調子だけだった。


 本当に事務だった。


 誰かからものを受け取ろうとするような素振りをしてみせたと思ったら、背後の机で紙とペンとインク瓶が踊っていた。机で横になった紙をインク瓶が押さえて、そうしてからペンが瓶に刺さった。ややしてから紙の上をペンが走り回る。走り回る――


 別の紙が現れて同じように踊り――


 そうして紙はロジ主任の手元に届けられる。しかし一瞥もせず机上に置いてしまった。


「いやあ申し訳ないな、ちゃんとした雰囲気でやらないと真面目に魔法が動いてくれなくてな」


 事務感さえなくなった調子に僕は置いてけぼり。言っている言葉は分かるけれども、意味が分からなかった。


 ペンたちの代わりか、今度は茶器が踊り始めていた。中空から湯が注がれている。


「あの、どういう」


「ある意味正直に振る舞う魔法でね、不まじめな雰囲気でやるとふざけた文書ができあがってしまうのだよ。この文書を作らせるために、わざとそれっぽくしたのだよ」


「ごめんなさい、僕には何が起きているのか全然分からなくて。取り調べ、なのですよね」


「言っただろう? 『表向き』だって。私にハナから取り調べをするつもりはないよ、この文書ができたからにはね」


 小皿に乗ったカップが空を漂って僕の胸元にやってくる。香り立つ湯気に自然と手で受け取ってしまう。カップを更に乗せるなんてしゃれたお茶の飲み方なんて物語の世界の話だと思っていた。


 ロジ主任は息をフーフーしてから一口、刹那顔をしかめてから机に置いた。


「この時点で、君は難民だ」


「はい?」


「それでもって、私の指揮下に入ってもらう。おめでとうノグリくん、君は我が部隊の一員だ」


「はい?」


 ――はい?


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