集まる
治療院にとんぼ返り。警察団の馬車を呼んで担ぎ込むは治療院。僕を担当していたらしいヒトが対応に出てきて、安静にしているはずの僕がいることに苦言を呈しつつ、ロジ主任からの説明に耳を傾けていた。
ひとまず学者を治療院に預けたわけで、僕たちは搬送に使った馬車で詰め所へ戻ることにした。ロジ主任はずっと難しい顔をしている。どこに目を向けているのか判然としない。
ロジ主任があれほどまでに取り乱す様子は見たことがなかったはずだ。何度もディルフィールさんの名前を呼び続けていた。始終、治療院に引き渡すまで、馬車が車での間もディルフィールさんを担いで塔を降りてゆく間も。あたふたしている中でも馬車の手配をしたり僕に指示を出したりしていたのはさすがだった。
ロジ主任は握りこぶしを作って自らの膝を三・四回ほど軽く叩いた。攻撃するのではなく、拍を取るような動きだった。
「ノグリくん、何か知っていることはあるのかい?」
「精霊のことであれば、あまり。確かに話したり同じ場にいたりはしましたが。旧市街に入っていたときにはこれほどの数は見ませんでした」
「一番ものを知っていそうなルフィーが倒れてしまった以上、私には他に知っていそうなヒトを知らない。街が危ないのかどうかの判断さえもつかない」
「僕も正直なところ。良くも悪くも無邪気な精霊がほとんどのような気がしますが、不穏な精霊もいましたので」
馬車の窓の外に小さな精霊が付き従っていた。あの精霊は、ロジ主任の頭に座っていた子だった。
「旧市街で何か」
「老人の精霊に会いました。あの亡骸のことも知っていましたし、それが『精霊たちのため』だと言っていました。瘴気のことを『人間が精霊になることができるもの』だとも。口ぶりからすると、何か目的があるようでした」
「ますます分からなくなった。おとぎ話の精霊はもっと、何と言うか、何も考えていないだろう? 人間でもない、ドラコでもない、けれど思考はできる。未知だ。危険、安全、それだけでも分かれば良いのだけれど」
「正直、あの老人だけは嫌な感じがしました。あまり関わりたくない感じです」
「要警戒だとして、どうやって監視できる? 私は精霊の姿を見ることができないぞ。ノグリくんだけが見れるとなったら、精霊絡みは全て君に担当してもらわなければ」
「昔は、ロジ主任が男だった時は精霊の類はいなかったのですか」
「そんな存在、童話とおとぎ話の中にしかいなかった。しかし考えてみれば、もしかしたら――あの頃も瘴気があったということは、その頃からすでに精霊が動いていたってことになる?」
「想像したくないですね」
「私達はずっと昔から精霊たちの手のひらの上で踊らされていた? 戦うべきは瘴気ではなくて精霊だった?」
ロジ主任は終いには頭を抱えてしまった。視線は外に向けられているが、きっと窓の外で手を振っている精霊に向けられてはいないのだろう。この街、ひいてはこの国のことを思って戦ってきていたロジ主任だ。ロジ主任の言葉通りであれば、今まで行ってきたことが実は大きな意味を持っていなかったことになる。自らの身を挺して、ヒトの姿を失ってでも立ち向かったのにもかかわらず。
瘴気を前に、その身を犠牲にしたヒトは数多といる。
「私達は今まで意味のないことをしていたのかもしれない」
「精霊は実際には関係ないかもしれないじゃないですか。それに、意味がなかったわけではないです。ロジ主任がしてきたから、過去の人たちが戦ってきたからこそ、今のヒペオがあるのではないですか」
「もっと早く気づけていれば、助けられた命があったと想像してしまうとね。同僚を何人も失ってしまったから」
「ですが、瘴気が止まった。とりあえずはこれを喜びましょうよ」
「喜べないな。ヒペオの瘴気だけが止まった。ノグリくんは知らないだろうが、他にも瘴気が溢れているところがある。ヒペオの瘴気に比べれば僅かなものだが、脅威であるのには変わらない」
「なら、僕がその場所に行って原因を突き止めてみましょう」
「だめ。ノグリくんは根本原因を叩いてもらわないと。精霊と瘴気の関係を明らかにしなければ、瘴気を対応しても意味がない」
「しかし僕にも分からないことだらけですよ」
「大丈夫、ノグリくんなら何とかなるさ。ほら、ヒペオの瘴気だって何とかしたじゃないか」
言われても困るほかない言葉である。僕はそもそも瘴気が何なのかさえ分かっていなかった人間だ。どういうわけだか淀みの炎が使えて対抗できただけ。淀みの炎が精霊に対して何とかできるとは思えなかった。できるのかもしれないけれど、僕には『できる』想像が浮かばなかった。
どう言い返そうかと考えていたら馬車が停まった。窓に張り付く精霊の奥を見れば見覚えのある建物だった。ロジ主任は詰め所に戻り、僕は宿舎で静養生活。一旦はロジ主任の無茶を先延ばしできることに安堵した。
けれども、窓枠に入り込んできた存在がいた。その姿を見るなりあたかも我を忘れたかのようになった。御者が開けてくれるであろう扉を自ら開け放ち、それを前にする。
長い蛇の下半身。
地面から起き上がり、あるのは詰め所の制服。
エフミシアさん。
エフミシアさんが僕の目の前に現れた。
周囲に何体もの精霊が飛び交い、彼女は目で追っていた。
今回で瘴気編が終了です。
次回は精霊編です。
現在別の作品を執筆中なので、そちらが落ち着いてから再開する予定です。しばしお待ちください。




