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主を連れて

 精霊が誰もいなくなった草原にただよう静けさはどことなく気持ち悪かった。一切の何もかも寄り付くことのない岩の舞台に姿があるのは僕一人だけ。


 僕は岩に背を向けて、草原の隅に足を進めた。森と草原との境界でドードがくすぶっていた。白い炎はまだ体で輝きを放っていたけれども、一番激しい時に比べればすっかり落ち着いていた。腹の上で踊る炎は奇妙な雰囲気をまとっていた。


 少し離れたところに転がっているドードの剣。一本は炎に巻かれてすっかりただれてしまっているが、もう一本は柄の部分が焦げるだけで済んでいた。鞘はドードと一緒になって溶けてしまっている。


 殺したようなものじゃないか。


 老人の声か。再び聞こえたような気がして、頭に血が上るのを肌で感じた。ドードのこともなんとも思っていないように感じられて、ドードを死なせた悲しみ以上に怒りが強まってくるのである。


 僕は悲しんでいる?


 無残な姿で転がっでいるのをいくら見下ろしてもこみあげてくるものがなかった。気づいたところで自身の無神経さを呪うわけでもなく、それだけだった。グコールの時にあった感情の揺らぎはどこへ行ってしまったのか。


 ただ、怒りが募るばかり。精霊に対する感情で狂ってしまったのだろうか。あるいは旧市街に長くいすぎたせいでおかしくなってしまったのか。それとも別の要因か――


 ドードの剣を手に持った。腕に感じる重さは到底僕には扱えないことを物語っている。それだけじゃない、ひょっとしたらドードがまたつかんでいるかもしれない、と想像してしまった。


 抵抗の現れ? 自らの運命に巻き込もうとしている?


 とにかく、僕にはひどく重たく感じられた。


 紐を肩にかけて弓銃をぶら下げる。右手にはドードの剣、もう一方には亡骸を布に包んだものを。森の中をさまようように歩いていた。ぼんやりとした気分だった。いつ草原を出ようと思い立ったのか。いつ亡骸を包んだのか。何処に向かっているのか。


 ひどく疲れている感じだった。一体僕は何に突き動かされているのであろうか。いや、帰路についているのは明らかなのだが、しかし。この時の思考はひどく曇っていたのだ。まるで考える力を失ってしまっていたのである。自分自身が何をしているのかよく分かっていなかった。


 昼も夜も不覚、歩みは遅々として進まない。剣を持つ手は弱々しく、持ち上げることができずに引きずるありさまだった。


 疲れたという感覚はなく、いきなり脚が動かなくなるような、体が全てを拒否しているような。そうなってから初めて地面にへたりこんでしばしの休憩。食料や水を口にすることがあったが、ほとんどはぼうっとしているだけだった。


 食料を入れた袋を持ち上げてみることもあったが、ほとんど袋そのものの重さしかなかった。


 生きているのかも分からない状態で行進しているものだから、異様の言葉しかない光景が次第にあるべき姿になってゆくのも気づかなかった。木々は枯れ、草すら生えない荒涼の地を歩く。


 傍から見れば亡者がさまよっているとしか思えないだろう。


 時間感覚。


 方向感覚。


 思考。


 ふと。


 足を止めると体全身に少しずつ重みがのしかかってくるような感覚。ずっと顔を下に向けていたせいで首が言うことを聞かなくて、それでもゆっくり顔を上げる。首に生まれた岩を無理やり割ってゆくような想像。


 僕は街の中にいた。


 建物が目に入った。


 ヒトが歩いているような気がしたけれども、僕のすぐそばを通り過ぎるようなヒトはいなかった。皆が皆、僕を避けて歩いているか遠巻きに見ている様子だった。


 並ぶ建物。


 離れたところに見えるのは見覚えのある建物。考える力を失った僕は直感でそれが目的地だと理解して、ドードの剣を引きずって入り口へ進軍した。


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