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旧市街の主

 爪にえぐられたドードの姿は火まみれだった。周囲を取り囲むように地面に刺さる矢、そして体に深く刺さる矢。


 矢そのものの攻撃に対してドードはうめき声を上げるだけだったが、たちまちに矢の炎が強まれば、うめきでは済まない叫び声になった。


 耳をつんざく声は一方で、僕の攻撃が通ったことを意味していた。炎はしかもドードの動きを止めている。剣士だった獣の機動力を奪ったのである。


 矢にくくりつけた魔法の糸を介して力を強くする。包み込む炎はより一層大きくなって、炎の発する轟音がドードの叫び声をかき消しつつあった。僕を燃やしたときには何の害もなかった炎は、彼にはひどく苦痛を与えるものらしい。炎の隙間から見えるのは、苦悶の表情を浮かべるドード。その脚には僕に飛び込んでくる気配がなかった。


 静かに弓銃を構えた。うんと太い弦を張った。うんと太い矢を生み出し、銃の限界まで引いた。準備の整った矢はすでに炎で包まれている。


 これはトドメの一撃である。ドードは動けない状況、ここで刺さないわけにはいかなかった。直感が訴える。ここでドードの心の声のようなものが聞こえてくればためらいの一つもあったかもしれないが、全く聞こえてこないし、目の前でのたうち回るそれは仲間だったものに思えなかった。


 引き金を引く。肩にのしかかる反動は重たく、一瞬にしてたどり着いた矢はドードを殴り倒した。炎の塊はより一層激しい炎に、対象的に炎の核と化したドードは微動だにしなくなった。


 白く輝く炎の中に時折見えるドードの腕や脚が不自然に曲がっていた。力を込めに込めたそれは矢らしからぬ破壊力を以てドードを御したのである。


 あっけない終わり。しかし、僕ができる戦い方の結末としては順当。


 僕はその場にしゃがみ込むと、弓銃を地面に放った。急にそれが重たくて仕方なく感じられたのだ。しゃがみこめば視界が揺れるような感覚に抗えなくて。まるでたちくらみになったかのよう。


 されるがまま後ろに倒れた。視界にちらちらと白い火の玉が入っては出てを繰り返していた。中には目の前を横切るものもあった。時々爆ぜた。


 地面を覆う芝生の柔らかさが肌に心地よかった。一度落ち着いて見ると不思議な空間だった。まるで自然の力に支配された空間だった森の中とは打って変わって、人の手が入っているかのようだった。芝のムラがあっても良いだろうが、それさえもない。僕の目から見れば均一に広がっていた。


 人は誰も行きていけない場所であるにもかかわらず。


「ねえねえ、終わったの?」


「うん、終わったと思う」


「じゃあもう怖い思いをしなくて良いんだね。おつかれ?」


「すごく疲れたよ」


 精霊の子が頭のそばにしゃがみこんで僕のことを見下ろしていた。


「ここって、精霊たちが手入れをしているの?」


 問いかけてみれば、精霊の子は首を横に振った。


「ううん。主様が手入れをしてくれていたの」


「主様? ここにはそんな呼ばれ方をする精霊がいるのかい」


「いるよ。こっちにおいで」


 彼は僕の手をとって引っ張っていこうとする。地面に寝そべっているのもお構いなし、立ち上がることすら考えてくれない様子だった。子供らしい力に抵抗しつつ腰を上げた。ひっきりなしに引っ張る方向へ顔を向けてみれば、大きな岩が一つあった。


 いよいよ体を精霊の子が引っ張るのに任せれば、どんどん岩が近づいてくる。高さは腰ほど、長さは人一人寝そべることができるほどか。手をついてよじ登れば簡単に乗ることができる。


 しかし、『主様』あるものがいる方向の岩。もしかしたら岩が目印で見えないところに洞穴の類が空いているのであろうか。それとも以前の旧市街としての建物があるのだろうか。単なる目印で、本当に向かうはこの先?


 と想像していたら。


「ほら、ここにいるよ」


 精霊の子は不敬にも岩に指を指していた。離れたところから見ると何かこんもりとしたものがあるぐらいな、という見た目だった。精霊の子がニコニコしながら指さし続けている様子にすっかり気を抜いていた。


 更に近づいた僕はこんもりとしたものに毛のようなものを見つけた。丸い部分に太い棒状のものがついて、更に枝のような棒が絡まっていたりついていたり。


 嫌な予感が募ってくる。足を進めれば進めるほど詳細が目に入ってくる。丸い部分にはなにかついていたし、目のように見えたし、その横には鼻や口の形が見えた。細い枝もよくよく見れば末端は手だったし、足だったし。


 こみ上げてくるこの感情は何だろうか。ただただ悲しみが募ってきた。顔の中にこみ上げてくるもの。僕はこらえることすらできず、涙がぼろぼろ溢れ出てくる。


 涙を拭いながら歩みは止めなかった。霞む視界の中に無邪気な笑みがあったからだ。指は相変わらずそれを指さしている。


 岩が手に届くほどまでに。手をついてみれば、ついさっきまで水で冷やされていたかのよう。長いこと触っていたら手が凍ってしまいそうだった。


 だが凍える手を離すことはできなかった。至近距離に『彼』を捉えた瞬間、僕の涙の意味がすぐに理解できたし、『彼』が何なのかも理解できた。淀みの炎を理解した瞬間のような感覚に近かった。


 悲しい涙がうれしい涙になりかわる。


「おかえり」


 『彼』からそう言われたような気がした。彼は僕に幻の声を聞かせ続けてきた。彼は夢の中で僕に語りかけてきた。僕と瓜二つであるはずの男だった。


 僕の兄であり、弟でもある存在。


 その幼い亡骸が、旧市街の主として横たわっていた。


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