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ひとかけものかあるいは

 体にぶら下げている弓銃を手にして、同時にしゃがみこんだ。


 僕の体よりも太い幹に体を寄せて、静かに弦を張る。激しく熾すのではない、静かに、水が染み出すように。魔物たちに感づかれないようその力を強めてゆく。矢は細め、頑強でしなやか。気づかれていたら射抜かれている、目指すは魔物を一掃する力。


 ドードにだけはわざと矢を外す。ちょうど正面に矢を突き刺して警戒させるだけ。飛び退いてくれれば十二分だった。


 引き金を引けば矢が銃から消える。


 一瞬のうちに放たれた数本の矢は各々の標的に向かってゆく。


 獣の魔物は次々と倒れてゆきつつ消えてなくなる。一匹だけは消えてくれなかったけれども、血が流れるように魔力が漏れ出ていたから消えるのも時間の問題だった。


 ドードの前には一本の矢が突き刺さって。ドードの視線は矢に釘付けだった。地面に刺さった矢から白い炎がメラメラと揺れた。


 僕の矢を目の前にした彼はただただ人とは思えない声を上げるだけだった。


 その声を聞いてしまえば、紛れもなくドードから発せられていると認めてしまえば。いよいよドードは人間でなくなってしまったのだという実感が湧いてくる。


 どうすればよいのだろうか。彼には僕と話すだけの能力はあるのであろうか。問答無用に撃ち抜くことを考えるべきか。いや考えるまでもない――けれども、もし――


 僕は新しい矢をつがえた。小指ほどの大きさの小さいものだ。それを二本、まとめて発射する。ドードを挟むように飛んでゆき、膜がドードを捉えるなりその場に漂う。ドードだけを捉える魔法。索敵というよりも、情報収集というべきか。


 これで膜がドードのの声や思いを拾えるのであれば。僕の期待が叶えば。


 しかし声は一向に拾うことなくて、耳で唸りを聞くばかりだった。頭の中に直接音を流し込まれるような感覚が全くなかった。


 できればドードと話をしたい。どうしてこのようなことになってしまったか。どうして僕を襲うようなことをしたのか。


 誰が、そう仕向けたのか。


 ドードは矢をしばらく見ていたけれども、でもそれだけだった。顔を上げるとあたりを見回し始めていて、どうも警戒をしているように見えた。矢の向きを確認すればどこから放たれたのかはおおよそ見当はつくだろうに、闇雲にきょろきょろしている。


 もはや期待できない。腹をくくらなければならない。


 踏ん切りをつけようと心の整理をしていると、ふと僕の横を何かが通り過ぎた。てくてく進むは精霊の子。そういえば、あの子の名前を聞いていなかった。


 精霊の子には慎重さのかけらもなかった。影から飛び出せば躊躇なく迫ってゆく。奇妙なのはドードの元へ近づくなりその姿が大きくなってゆく点だった。離れてゆく以上、姿は小さくなってゆくのが自然なはずなのに。


 背が伸びるに合わせて服も変化してゆく。何とも言えない不思議な光景だった。変わってゆくのは間違いないのだが、変わり方がどうも説明できない。昆虫のように蛹になっているわけではない。しかし体全体が伸びているとも違う。間違いなく小さい子どものような容姿だったのに、気がついたら大人になっていた。変化の過程を思い出そうとしても思い出せない。


 そして、その姿はいくつかの幻で見た人物の背中にも見えた。


「僕の場所で好き勝手してくれたようだね」


 発せられた言葉は僕に語りかけてきた幻の僕――引き裂かれた側の僕と全く同じだった。


「君は何だい? ノグリに迷惑をかけているようじゃないか」


 臆することなく声をかけるさま、僕よりも度胸があった。


 対するドードは人らしからぬ声を上げるだけ。


「人間をこんな状態にしてしまって。恥ずかしいとは思わないのかい? 君には自尊心のかけらもないのかい?」


「………」


「そうだよなあ、人の国に何をしているのか知らないけれど、変に焚き付けているようだし。よっぽど構ってほしいのかな」


 精霊は、僕の姿をしたその子は何を言っているのだろうか? まるで精霊は相手が何者か分かっているようだった。あるいは、僕が疑問に思っていることの答え。


 誰がドードをおかしくしてしまったのか。


「それとも? 存在価値を見出してもらえなくて寂しいから、あえてぐちゃぐちゃにして気づいてもらおうとしたのかな?」


「黙れ」


 精霊に対して二本の剣が交差した。しかしすでに精霊の姿はその場になくて、出会ったときの姿で僕の横にいた。僕と視線が合うなり、


「あれはもうだめだね。壊されちゃった。それじゃ、またどこかで」


と言葉を残して『燃えて』消えた。白く輝く炎が精霊の姿を消したのだ。


 僕の体中に鳥肌が立っていて、体の中にも鳥肌が立っているようで気持ちが悪かった。ドードから、ドードと呼んで良いのか怪しいけれど、発せられた短い言葉がそうさせるのである。


 聞いたことのない声。声のはずなのに、魔力がこもっているように感じられた。それもどす黒くてあらゆるものをどろどろに溶かし尽くしてしまうような力だった。淀みの炎とは正反対の、初めて出会った人でも存在してはならないと分かるものだった。


 しかし、精霊のこのおかげではっきりした。


 ドードはもう死んでしまった。何者かに壊されて、操られて、何かが起きようとしている。


 僕はドードを何者かから解放しなければならない。


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