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仲間に殺されかけた僕、逃げ延びた敵国で世界を守ります  作者: 衣谷一
瘴気編 - ドラゴンの国
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違和感

 小柄なそれは何食わぬ顔でエフミシアさんの家の中に押し入る。エフミシアさんの体に比べれば二周り以上は小さくて、腕も細い。


 しかし、だ。主任とやらの背後からは、まるで後光のような威圧感が迫ってくる。息をするのもためらわれるような気配、気づかれないようにそっと立ち去ってしまいたい気持ちにさえなる。


 二日酔いの症状も一気に悪くなる。頭は引き裂かれそうになっているし、胃のあたりは棒を突っ込まれてかき混ぜられている。


「しかし、妙だな。イノセンタは感じられないが、別のものを感じる。これは、何だ? 少し似ているような気がする。何だ?」


 腕を組んで一人問答を始める間も、症状は激しくなる一方だった。これは二日酔いの症状か? どうも背中がゾクゾクするようになってきた。多分頭はもう引き裂かれている。胃は中の物を送り出そうとしている。


 目だけ動かして探すは流し台。壁際にあるのが見えて、距離は二メートルもなかった。


 「行ってこい。吐きそうになっているのは分かっている」


 目の前の威圧感は僕にそう告げる。頭が考えるよりも体が動いた。


 流し台に身を乗り出して口を開けば出るわ出る。体の中に入っていたとは信じられない量のいろんなものが出てくる。ほとんど形をとどめていないものから多少なりとももとの面影があるものまで、流し台の底が見えなくなるほどである。


 僕の横でエフミシアさんが隣のかめから水をすくっては流してを繰り返しつつ、僕の背中をさすってくれる。ちらりと視界の隅に見えるのは、エフミシアさんの脚だった。人の脚だった。


「エフミシアと飲んでこの程度とは、相当酒が弱いのだな。して、そのドラコは何者だ? 街のドラコなら途中まで送っていこう。エフミシアの支度が整い次第になるが」


 僕たちがドラゴンと言っている存在は、当人たちの間ではドラコと言うらしい。


「えっと、更に相談事がありまして」


「何だ、お前は早く準備しなさい」


「この、人間、なのですが」


 彼女のまとう圧が一気に膨れ上がった。頭も胃の中もしっちゃかめっちゃかになって、気がついたときには床に倒れて嘔吐していた。全身がぐちゃぐちゃに壊されてしまったかのような痛み。


 何が起きているのか全く分からなかった。


「お前、今何と言った?」


「人間です。この方は、人間です。どうも仲間に裏切られてこちらに逃げてきたようで」


「なぜ人間がここにいる? エフミシア、どうして連れてこなかったのだ」


「ロジ主任落ち着いてください、文字通り『倒れていた』のです」


 そうしてエフミシアが話し始めるのは昨日の夜に僕が言った内容だった。いくらかドードの悪い様子が誇張されているような言い方だったけれども、僕に降り掛かった事態の説明としては間違っていなかった。


 その間も『ロジ主任』なるドラゴン――ドラコから発せられる何かは変わらず凄まじくて、吐瀉物の海へさらに吐いてしまった。床一面が僕の中から出てきたものでいっぱいだった。


「で、人間たちがノグリさんに対して『イノセンタをよこせ』と言って襲いかかってきたらしいのです。突然、脈絡もなかったらしいです」


「だからといって人間を家に連れ込んで酒を飲ませてよい理由にはならない」


「それはその、話を聞いていたらこちらも辛くなってしまって、それでつい。結果いろいろ話が聞けて、悪意がないことは分かりましたし」


「悪意がないかどうかはこちらで判断する。お前の処遇は追って知らせる。いいな。言うなれば不法入国した人間をかくまったことになるのだからな」


「それは……すみません」


「とは言うものの、私もこの人間には興味がある」


 今までの恐ろしさがまるで嘘だったかのよう、小柄から放たれ続けていたものが一瞬にして引いて、残るのは吐瀉物のすえた匂いと頭痛だった。思いっきり吐いたためか、気持ち悪さはだいぶ落ち着いている。匂いさえ嗅がなければ。


「エフミシアが人間というものだからとっさに殺気立ってしまったが、本当に人間か? 私の感覚ではドラコのように思えてならないのだが」


「私もはじめはそう思っていたので、てっきり街から出てきた人が分け合って倒れたのかと」


「ドラコと人間は別物だと考えるのが自然だと思うが、まあよい、そろそろ行くぞ。エフミシアにはやってもらいたい仕事が『たくさん』ある。人間にはいろいろ話を聞かせてもらおう。まあ、表向きは取り調べってやつだが、そこまで肩肘はらなくてよい」


 ロジ主任が手を横にすっと払った。すると僕の周りにあった吐瀉物溜まりが一瞬で消え去った。吐瀉物をすべて回収して、徹底的に換気して、濡れ雑巾でこれでもかというぐらい磨いたかのような。


 僕の服についた液も匂いもなくなっていた。


 汚れだけじゃない。僕の中に残っていた酒――頭痛や気持ち悪さまでもなくなっていたのである。


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