足跡探し
滴る血。力強さを失った魔力。
僕が目にした光景はバラバラだったように見える物事を一つに結んだ。
網に引っかかった魔力の力のなさは何を表しているのか。僕がたどり着いたのは、弱りつつある存在ということである。先の見えた弱り方ではなく、耐えるにはまだ先の、けれども着実に近づいている状態。
問題は、どうして弱っているかだ。元来パンパンに張っているべき魔力が張りを失うのはどういった状況なのだろうか。
考えている中で新しい魔力の反応を見つける。二つの魔力がぶつかり合っているような反応だった。互いに激しく動いているものだから送られてくる情報量も相当だった。一方はすばやく動き回って一点を、もう一つの魔力に飛びかかっていた。
戦闘している最中なのは明らかだ。
それぞれの魔力が放つ微妙な違いを網伝いに感じ取る。晴れていれば苦労することはなかろうが、雨粒の波紋が何もかもを狂わせる。視界を遮るだけならず魔力をも遮ってくる。
いよいよ新市街にも雨が降り出した。空から無数の筋が地面めがけて突き刺さってゆくのを目に捉える。細かい砂利を優しく撫でるような音は耳に心地よいものの、魔力の網から伝わってくるのは最悪の騒音だった。
戦っている存在がますます見えなくなる。言うなれば、戦闘している様子を眺めていたら突然、濃霧に巻き込まれてしまったかのようである。
いるのは分かっているのに、どこにいるのか分からない。矛盾している状況にもどかしくてたまらない。わずかな変化でも逃すことはできないのだ。何者かの戦闘が示しているものがあるかもしれない。雨ごときに遮られて良いものではない。
雨の感じだけを取り除くことができれば。網にぶつかる雨粒を相殺するような力を魔力の膜にぶつけられれば。あたかも下から雨粒を突き上げるような感じ。
雨粒を弾き飛ばす。そう、一つ弾いて、も一つ弾いて。それが百を超えて、千を超えて。数えるのが面倒になるほどまで弾いて。
どうだろう、索敵の魔法に交ざる不純物が見る間に取り除かれてゆく。幾重にも重ねられた布切れが一枚、また一枚と剥がれてゆくのである。騒がしくて死方々なかった魔力の並の中にぼんやりと異なる動きをする魔力の姿が浮かび上がって、ますますはっきりとした像を結び始める。
ついに雨が上がった。目の前では雨が降っているが、魔法の世界に雨は全く感じられない。あるのは二体の存在。一つは魔物の魔力、もう一つは人の魔力だけれども、少し魔物のそれも感じられるものだった。
人でありながら、人でない何かが交ざっている。これは何だ? ドラコ相手に感じたことのない魔力だった。意識を取り戻さないエフミシアさんだってそのような魔力を放っていなかった。あくまでドラコの魔力だ。
魔物の魔力が張りを失っていた。
「どうしたよそんな顔をして」
「メイフェル、いや、変な反応を見つけた。人間なのだろうけれど、なんか魔物が交ざっている感じ」
「戦っているんだろ?」
「いや、違うの。人間と魔物が一緒くたになっているような感じ。普通じゃない。これは何?」
「あたしに聞かれても困る。ノグリは今までも索敵の魔法を使ってきたじゃないか。分かるだろう」
「こっちに来てからいろいろと鋭くなってきている気がして。だからこそ変。人間のような、人間じゃないような。もしかして、人間が瘴気に侵されるとこうなる?」
「なら確かめにいけば良いじゃないか」
「ちょっと待って、また動いた」
降り掛かってくる情報にメイフェルとの会話を切った。魔物の魔力は弱くなる、と言うよりも薄れていた。弱くなるのではなく、薄くなるのだ。具体的にどういう状況なのか全く分からないけれど、とにかく、薄くなったのだ。感じ取りづらくなった? 似たような感覚は過去に味わった。
人が死ぬ直前。命の灯火が消える瞬間。
一方の人間と魔物がぐちゃぐちゃになった存在の輝きは何たるものか。雨が邪魔をしたとしてもはっきりと輪郭を縁どれるような力強さだった。
はちきれんばかりの力。しかも、『比率』が変わっている。大半が人間だったもの、それが半分ぐらい人間になっていた。半分ぐらいが魔物になってしまった。
僕以上に人間を辞めている気がする。本格的に。
――どうしてこうなった。
魔力の中に音を聞いた。ふいに届けられた声を僕は聞いたことがある。
――みんなどこに行ってしまった?
――俺は何をしているのだ?
――俺が俺でなくなってゆく。
あの夜、僕に襲いかかってきた声だった。イノセンタをよこせと攻め立てた声だった。
ドードだ。ドードの声を拾った。




