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明日を見る

 これは僕の思いで、警察団としての仕事で、学者の依頼で。


 もはや立て付けはどうでも良かった。ドードを追いかけられるのであれば何だって良かった。しかし話が大きくなってきている気がした。いや、元から話は大きいのか。人間側の思想がためにドラコの場所に勝手に侵入してくるのをどうしたものか、という話なのだから。警察団の仕事として人間を捕まえる仕事が始まるかと思えば、今回は学者が調べたいときた。


 僕は新市街詰め所の屋上に腰を据えて旧市街の方面を見やる。曇っているにしても暗い空だった。もう少しで日が暮れてしまうのではないかと思えるほどだった。もしかしたら雨が降ってくるかもしれなかった。索敵の魔法にとってしてみれば、雨粒が索敵の網に引っかかるからこの規模では避けたいところであるが。


「なあ、あたしが言うのも何だけれどさ」


 僕の隣で足を組んでいるのはメイフェルだった。留置所の檻から一転、その身には警察団の制服を身にまとっていた。詳しい話は聞いていないけれども、メイフェルはロジ主任からある職人の取引に警備として参加することになったらしい。


 メイフェルは自らの業物である剣を磨いている。


「あたしがこんなところにいて問題じゃあないのか? そりゃあこれが『取引』だっていうのは分かっているんだけどよお」


「構わないんじゃないかな。だって一応は警察団の仕事に就くわけだし、ここも警察団の施設。留置場にいるよりは外にいたほうが気持ちも紛れるでしょう?」


「そりゃそうだけど、あくまで委託、正式な一員じゃない。なのにこれからの仕事には関係ない場所にほいほい連れてきて良いように思えないが」


「しょうがないじゃないか。僕の当面の仕事場はここだし、僕以外に面識のある人がここにはいないわけだし」


「トバスがいるだろ」


「トバスは警察団とは関係ないよ」


 メイフェルが護衛する職人の取引までは少し時間があるらしい。時間まで留置場に入れておくという考えもあったらしいが、結局は檻から出して僕の下につけることとしたという。ロジ主任いわく、


「いきなり外に出して満足に体を動かせられなかったら仕事にならない」


と。


 長々と留置場に入れておくのは僕も気が引けていたけれども、確かに食堂で騒いだのは確かだけれども、だからといって僕も賛成だったわけではなかった。なにせ僕の仕事場だ。ドラコだって危険と隣り合わせの場所なのに、人間を連れてくるだなんて。


 けれどもロジ主任は全く意に介さなくて。


 いわばメイフェルにとっては警察団の下働きそのものが刑罰のようなもの。つまりは相応に危険な職場でなければならない。


 のらりくらりと話していた内容をまとめるとこのような感じだったはず。要は、メイフェルはロジ主任直属の雑用係だ。僕には抗議こそできたとして、命令を下すことはできない。メイフェルはロジ主任の命令で僕といっしょにいるだけ。


「ここは危険な場所だから、何か起きたらすぐに逃げるのだよ。経験したことのないことが起きる場所だから」


「何回も言っているけれど本当に危険なの? そのようには全く感じないけれど」


「この先でグコールは死んだ。魔物になって、僕が倒した」


「……ごめん」


「下で暇つぶししている連中に訓練を申し出るのはいいかもしれないね。遊んでばっかに見えるけれども腕は確かだから」


「本当に人間じゃないのか? あたしの目にはどう見ても人間なのだが」


「人間か人間じゃないか、と言われれば人間じゃないね。でも、気にすることじゃないよ。話をすれば分かると思うけれど」


「ドラゴンってこう、話なんて全く通じなくて、何言っているのかわけわからない連中だと思っていた」


「まあ、僕たちの感覚だとそうなるよね」


 細かな反応が広範囲から押し寄せてくる。外に目を向けるものの雨の様子はどこにもない。遠方で雨が降り始めていた。しかし肝心のドードの様子は感じ取れない。魔物の気配も引っかからないところ、雨以外は静かなものである。


「学者とかいうのが言っていたけれど、あたしたちに魔法がかけられていたのか?」


「聖地のこと?」


「聖地もそうだし、ドラゴンのことも。言われてみれば、なんだよな。あたしには難しい話は分からねえけど、何かおかしいっていうのは分かる」


「僕が襲われた日も」


「ノグリから聞かされても全く信じられなかった。今でも納得していない。どうしてあたしらがノグリを殺さなきゃならない? 理由がない」


「だからドードを見つけ出さないと」


「それがお前の仕事だったな。励んでくれよ」


「ねえ、メイフェルは聞いていないの? ドードが考えていること」


「聞いていないよ。聞きたくもない」


「なに、好きじゃないの」


「あんた、捨てられた女に言う言葉じゃないよ」


「捨てられたの?」


「ぶん殴られたい?」


 そう口にしたメイフェルは手元の剣を僕の胸に向けた。ただ向けるだけなら良いが、胸に触れている。ついさっきまで磨いていた剣、いかにも切れそうな見た目だった。


 殴ると言うよりも、斬り殺す、とするべきような。


「あいつはそういう肝心なことを誰にも言わないタチだからな。謎めいたところがあたしには少し魅力だったが、今になってみたらだめだな、当時のあたしをぶん殴って改心させたいよ」


 索敵の網に雨粒とは異なる反応が一つ。網の揺らぎ具合からすれば微動だにしていない様子だった。多分魔物である。どうしてだろう、反応が弱いのだ。


 弱いことはありえる。しかし弱さの性質が問題だった。元からその強さだった、という感覚がなかった。どう表現すればよいか、最もしっくり来るのは『圧』。魔力の力強さがなかった。弱くても力を蓄えている存在であれば相応の反応を感じ取ることができるが、感じ取った魔力にはなすがままに魔力が漏れているような感じだった。


 そう言えば、いつの間にここまで細かい感覚を把握できるようになったのか。


 自分のできることが変わってきたのを感じつつも、僕の関心事は網にかかった魔力の詳細だった。


「どうしたのさ急に難しい顔をして」


「いやね、索敵に反応があったのだけれど、何だか弱々しいのだよね。力強い感じがないと言うか、圧を感じないと言うか。どう言ったら良いのかな?」


「こっちに聞かないでくれよ。あたしは細々としたことを考えるのが嫌いだ」


 メイフェルを見やれば再び剣の面倒を見るに戻っていた。けれど失敗してしまったのか、指から血をダラダラと流してしまっていた。磨くのに使っていた布が赤く染まっていて、早々に制服を汚してしまっていた。


「ほら、慣れないことをしたから切ってしまったよ」


「手当道具持ってくるからちょっと待っていて。下にあるはずだから」


「いや大丈夫、こいつで押さえておけばじきに収まるさ」


 手を下に向けつつもう一方の手で指をつかんでいるが、しかし赤い血がポタポタと床に滴っていた。


 少しずつ漏れ出る血のしずく。


 僕にはメイフェルの怪我が索敵にかかった不思議な魔力と重なって感じられるのである。


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