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隊長が思うに

 言葉なく、ただ移動するだけだった。やりたくもない拘束具をメイフェルにつけて部屋を出て、鎖を手に留置場へ歩いた。メイフェルは抵抗しなかった。何もかもされるがまま。気がついたら消えてなくなってしまうような儚さがあった。


 留置場で拘束具を手首から取り外す代わり、牢の鍵を閉める。たったそれだけなのに、僕自身の手で行うとなると気分が良くなかった。檻の向こう側にいるのが見ず知らずならまだしも、知っている人でその上とても弱っている。僕の部屋で休ませるなんてことが一瞬頭をよぎるが、なんとか押し留めた。


 店で騒ぎを起こした。覆りようのない事実が警察団員とメイフェルの間に横たわる。目には見えないけれどもはっきりとした壁だ。簡単に越えることなんてできない。


 だから、だからこそ。


「ドードを見つける。僕の手でドードを見つけて連れてくる。みんなに謝らせる」


 僕はメイフェルに告げた。まっすぐと目を見て。目の奥を突き刺すようの見つめて言葉を編み出した。これは僕の誓いだ。視線の先にいるのはメイフェルだけではなかった。グコールもだ。トバスもだ。僕自身もだ。ドードを中心に集まった仲間全員に対する宣言だった。


「分かった。早く会わせて」


 僕は一つうなずきを返して、留置場をあとにしたのである。


 さて、留置場をあとにした僕はと言うと治療院を訪れていた。メイフェルへの言をすぐさま破っているように見えるが、物事には順序というものがある。


 治療院の入り口を抜けた途端、エフミシアさんの声を聞いた気がした。やはり談笑しているような感じがした。誰と話しているのか。ロジ主任? 僕が知らない誰か?


 結論から言ってしまえば、エフミシアさんは目を覚ましていなかった。病室でヒトでない姿のまま眠っている彼女を見下ろした。何にどうして、エフミシアさんの声が聞こえてきた。すぐそばにいるにもかかわらず、遠くで話しているような聞こえ方だった。


 グコールの残滓。


 瘴気の中に紛れ込んでいたグコールの意思。エフミシアさんの声にそれと似たものを感じた。


「エフミシアさん、聞こえていますか」


 声をかければひょっとしたら、と思って試したものの、エフミシアさんは僕の声がまるで聞こえていない様子だった。エフミシアさんのような、エフミシアさんでないような。浮世離れしたふわふわしたそれは変わらずおしゃべりをしている。


 僕の声は届かなかった。


 そうと分かれば諦める他なくて。僕はエフミシアさんを淀みの炎で覆う仕事を始めるのだった。僕の体から瘴気を取り除いたこの方法、きっとエフミシアさんにも効果があるはず。エフミシアさんに対して僕ができることはこれだけ、時間が許す限り続けなければならない。


「燃やしているだなんて穏やかじゃないね」


 ひたすらにエフミシアさんに炎を当てている中、長い個室の足元、出入り口のところからロジ主任がやってきた。


「まだ目が覚めなくて、もしかしたら僕が体の中から瘴気を取り除いたやり方をすれば目を覚ますのではないかと思いまして」


「あの時、外でやっていたこと? 何か変なことをしているなあとは思っていたけれど、そのような意味が」


「エフミシアさんの体の瘴気がなくなれば良くなるはずです」


「そうかもしれないな」


 僕はロジ主任の方を見やって、すぐに視線をエフミシアさんに戻した。心臓がこの上なく動揺していた。胸に手を突き刺されていろんなものを引きちぎられそうな、すごく嫌で辛い感覚だった。烈痛だった。


 どうして。どうしてそこまで沈痛な顔をエフミシアさんに向けることができるのだ? この世の一切合財が終わってしまうかのような、救いようのない雰囲気をなぜにじませている? 葬式に臨むヒトの目をしていた。


 もっと長い時間を見ていたら、それが間違い内容のない事実のように思えてしまうに違いない。


 僕は諦めない。


 だから、ロジ主任の顔を見ないように努めた。エフミシアさんの寝顔から目を話さないようにした。


 ロジ主任の口からエフミシアさんのことが出てくるのも嫌だった。だから。


「ロジ主任、メイフェルはこのあとどうなるのですか」


「あの子のこと? そうねえ、ヒペオまで入り込んじゃっているしね。さすがに迷い込んだ、って説明するのは苦しいな」


「じゃあ何ですか、鉱山送りとか労働刑ですか」


「実は上もどうしたものか考えているらしくてね。もちろんノグリくんが捕まえた子だけじゃなくて、各地で捕まっているから、数はそれなりにいるの。まあ、大半は『見せしめにしろ』か『駆け引きの材料にしろ』ってところかしら」


「そんな、そうしたら殺されるか人質かのどちらかってことですか」


「こればっかりはねえ、私個人の権限ではどうにもならない」


「僕の時と同じことはできないのですか。ほら、難民の手は」


「できないね。アレはノグリくんからただならぬものを感じたからやったまでだよ。今回の子もちょっと見たけれど、全然欲しいと思わなかった。凡庸ね」


「じゃあ僕が保護する、ってことにすれば」


「だめよ。街の中で問題を起こすような存在を保護するなんて。ノグリくんまでここにいられなくなる。私には認められない」


「なら!」


 僕は思わずロジ主任の方へ目を向けてしまいそうになるのをすんでで抑えた。危うく不安をかきたてる顔を見てしまうところだった。しかし、この話題はこの話題で煽ってくる。メイフェルに良くないことが起きてしまうのも裂けたかった。


 食堂で騒ぐのは悪いけれど、元をたどればパーティを壊す何かが悪いのである。僕のあの日をメイフェルも覚えていないのであれば、やはり何かの力が働いているのは間違いない。真実が明らかになっていないのに処分されてしまうのは嫌だ。どうにかしたい。


「山の向こうへ送り返してしまえば」


「その意見は少数だったな」


「それなら、行商の護衛に使うのは」


「護衛? それはつまり、こちら側からあちら側へ行く商隊の護衛に捕まえた連中を使うと? そもそもあちら側へ行く商人がこちら側にいるのか」


「そのようなことをしたいと考えているヒトがいた時、安く護衛を雇えるのであれば利用価値になりそうですが」


「仮にね、仮に。人間の世界につながりがあるから何かあっても勝手が分かるってことかしら」


「曲がりなりにも傭兵業の集まりですから、護衛なんてよくある依頼です。慣れてもいるし、人を有効活用できる。全員を全員そうするのは難しいでしょうけれど、いくらかは回せるのではないでしょうか」


 ふうん、と言ってロジ主任は言葉を途切れされた。


 エフミシアさんは変わらず寝息を立てている。炎は変わらずエフミシアさんを包み込んでいるが、果たして効果をあげているかは未知である。僕自身にかければ何となく分かるけれど、他人が相手では変化が見えない。索敵の魔法で見えないことは以前確認した。他に手立てがアレば、もっと自身を持って事にあたれるのに。


「仮にさ、向こう側に商売をしたくて、安い護衛がいると役立ちそうな商人がいるとしたら、どのあたりにいると思う?」


「そうですね、トバスを保護した街にいそうな気がしますね。ほら、金物の街ですから、山の向こう側と商売ができるなら願ったりかもしれません」


「そろそろ私は仕事に戻るとしよう。ノグリくん、ほどほどにね」


 ロジ主任が席を立つのを聞く。


 肩を叩かれる感触のあとに少しずつ小さくなる足音。


 僕はロジ主任に一切視線を向けなかった。病室に静寂が戻るものの、一方で僕の頭の中は騒がしかった。メイフェルとエフミシアさん。どうにかできることはほとんどない。けれどどうにかしたくて、思い通りにしたくて、もどかしかった。


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