リーダーはどこへ消えた?
翌朝、トバスが着替えている音で目を覚ました僕。一緒に宿舎の食堂で朝食をとって、トバスは街の食堂へ。僕はメイフェルのいる留置所へ。
けれども、メイフェルはいなかった。代わりにロジ主任がいて、僕にげんこつを見舞ってくるのである。
「ノグリくん、休みだと言ったはずだけど、どうして制服なんて着て留置所に足を運んでいる? 昨日だって留置所に入って話をしていたのだろう」
「たまたま僕が訪れた店で騒ぎがあったので対応したまでです。何か、まずかったですか」
「まずくはないけれど、良くはないよ。私は休めと言った。それなのに丁寧に仕事をするバカがどこにいる。せめて最低限の仕事で済ませなさい」
「しょうがないでしょう。彼女は僕のパーティの一員でした」
ロジ主任の目元と眉毛がピクリと動いた。
「パーティの一員だったか。ちょっと前のもう一人のことは何か言っていなかったか?」
「ひどく消耗していたので詳しくは聞いていないです。ただ、グコールはパーティを追い出されたらしいです」
「グコール、今回の女か?」
「魔物になった方です。正確に言えば、殺されかけて、パーティを出ていったと。詳しいことは今日聞こうと思っていたのですが」
「ほう、殺されかけるとは。何だ、人間には追い出したい人間を殺すような文化があるのかい」
「そんなわけないじゃないですか。だからこそちゃんと話を聞かなきゃいけないと思って。メイフェルはどこに?」
「ここにいた女なら今取り調べだよ。どうしてここにいるのかは聞き出さないとね」
「その後に話をさせてください」
せっかくなら僕に取り調べをさせてくれれば。けれどもロジ主任の言うとおり、僕は休みということになっている。一度休ませると決めたヒトに仕事をさせるわけにいかないのだろうか。冒険者のその日暮らしをしていたときには考えられないことでもある。思い立ったが仕事、というのが冒険者や傭兵というもの。
「まずは服を着替えておくように。ノグリくんは休みだよ。合わせるにしても面会のテイだからね。取り調べが終わったら会えるようにしておくから」
それがかれこれ半日前の出来事である。僕は詰め所の団員が昼休憩に出る様子を眺めていた。いつ呼ばれてもよいように待っていたらこんな時間となってしまった。ロジ主任は休みと言っていたが、これでは詰め所で待機しているのと変わらなかった。
休憩に出てしまうのでは、少なくとも終わるまでは声をかけてもらえないだろう。だとしたら僕も腹ごしらえに向かうべきか。きっと休憩が終わってからも、いつ呼ばれるか分からないのだから。
腹の調子を確かめつつも腰を上げたところで、ちょうどロジ主任のやってくるのが見えた。目が合うなり僕に手をあげた。手の動きは僕を誘っていた。
ロジ主任の無言の指示に僕はついて行くと、知らないドラコと入れ替わりで個室に入ることとなった。
「終わったら留置所に」
ロジ主任は短い指示を残して立ち去っていった。
小さな個室の中には机が一つ、一対の椅子があるだけ。部屋の隅に置いてある丸椅子は予備だろうか。部屋中央のある椅子にメイフェルがいた。
メイフェルはこんなに小さな体をしていただろうか? 椅子に腰掛ける彼女が異様に小さく思えて、むしろ椅子が大きいのかと疑ってしまうほどだった。机の何処か一点を見るメイフェルの目は暗く濁っている。淀んだ感情は捕まったことによるものではない。想像に容易かった。
「メイフェル」
対の椅子に腰掛けながら声をかけても答えてくれなかった。僕の方をちらりと見ることすらしてくれなかった。
「具合とか、気持ちとか、どう? 昨日よりましになった?」
首を横に振る。僕と視線を合わせようともしてくれない。
「なら、あまり時間をかけないで済ませよう。もう話したかも知れないけれど、どうしてこの街に来ているの? 山を超えてからもだいぶ距離がある。道に迷ってたどり着くような場所じゃない」
「……ドードが、行くって、言ったから……」
「ドードはどうしてここに来ようとしていたかは分かる?」
「分からない。あたしはただ……ドードが何か依頼を受けたのだと」
「その時は、その、グコールはまだいた?」
「いたけど、グコールは反対していた。あたしには足を引っ張ろうとしているように思えたから、つい悪く言って。そうしたら、ドードが襲いかかって、そのまま追い出しちゃった」
「そう、グコールが襲われたときのことは覚えているのね」
僕は一度言葉を飲み込んで一息ついた。これからの問いかけは僕にとっても身構えないと受け止められるか怪しい問である。少なくとも二つ、はっきりさせなければならない。はっきりさせて、糸口を掴まなければ。
「僕がいなくなった日のことを覚えている?」
「覚えている。朝起きたら、いるはずのあんたがいなくなっていた。何も言い残さないで、荷物も残したまま。あたしたちがおかしくなったきっかけはお前じゃないのか? なあ?」
初めてメイフェルが僕を見た。吊り目で睨みつけてくる眼光はあまりにも鋭すぎた。
「僕は、みんなに追い出されたのだよ。追い出されたなんて生ぬるい。僕はドードに殺されかけた。危うく刺し殺されそうだった。トバスも、メイフェルも、グコールも。武器を振り上げて僕を追いかけてきた」
「そんなわけあるはずがない」
「襲われた張本人がここにいる。その日のこと、本当にちゃんと覚えている? 寝る前には何かしていなかった?」
「そんなの」
「あの日、みんなが飲んでいる間、僕は疲れて一足早く部屋に戻った。メイフェルだって飲んでいたはずだよ。横になってウトウトしていたら、気配がして、寝返りを打ったら剣を握るドードがいた。その間、メイフェルは何をしていた?」
「あたしは、あたしは……」
「やっぱり分からなくなっている。いや、僕がメイフェルたちに襲われたことを責めようとは思っていなくて、何でそうなったのかが知りたくて。僕がいなくなる日の前におかしなことは何かなかった? ドードは今、どうしている」
僕を睨みつけていた目はたちまちに頼りなくなってゆく。どうしてだろう、ボス犬が現れてビクビク怯える痩せた犬がする目だった。
「分からない」
「分からない? どういうこと?」
「ドードは、あたしを置いてどこかに行っちゃった」
「は? どこかに行ったって、一緒じゃないのか」
「ドード、最近おかしかった。夜な夜な空中に顔を向けて何かブツブツ話すようになっていて。床の上で座ってやっていたり、ベッドの上で何かしていたり。変な表情をすることも多くて、よだれが口からたれていることもあった。気持ち悪くて、理由をきくのも怖くて」
聞いているだけでおかしい。僕が知っているドードではなかった。まともでない方向に振り切ってしまっていた。想像するに耐えられない気色悪さだ。おかしい、どう考えても異常だった。僕を襲うドード、グコールを襲うドード。どこか繋がっているような気がするが。
「で、目を覚ましたらいなくなっていて。荷物もいくつか置いたままで、伝言の類もなくて。あたし、どうしたら良いのか分からなくて」
話しぶりからして、ドードの行方なんて分かっていないだろう。でも、取っ掛かりは間違いなくドードにある。歯車を狂わせる何かが起きて僕たちは壊れた。
いや、ドードが壊れたのか?
取っ掛かりは見つけたけれども切り開く手立てが見つからないもどかしさは苦しい。目指すはドード、けれども、どうしたら見つけられるか。メイフェルは知らないとなれば、誰も知っている人がいない。思い入れのある土地というわけでもない、見当をつけようがない。
――見当? あるじゃないか。ここはヒペオである。
ドラコに『インセンタ』を与える瘴気の源。聖地が目と鼻の先にあるではないか。




