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 こんな形で再会したくなかったが、他のドラコに何かされるよりもましかもしれない。人間が山を超えてドラコの領域に入り込んでヒペオを聖地として奪い取ろうと考えているという状況だ、人間がドラコの店で、しかもヒペオの店となればどうなったか。


 良い想像はできなかった。


 留置所に囚えられたメイフェルは鉄格子にしがみついて僕を罵ってきた。ひどく憔悴したトバスを鉄格子の中に見たときは僕自信が切り刻まれているかのような嫌な気持ちにさせられたが、これはこれで僕の身を裂いてくる。僕の知っている人が犯罪者に落ちぶれてしまったかのようである。まあ、やらかしてしまっているのは事実だけれども。


 僕はメイフェルを拘置所に閉じ込めてから、トバスのいる食堂に戻った。彼女には頭を冷やす時間が必要だったし、トバスの仕事が明けるのを待つ必要があった。何より、腹が空いた。


 食堂にはまだメイフェルの怒号が残響しているようで、ヒトは誰も残っていなかった。ただ申し訳なさそうにテーブルに残った食器や料理を片付けているところだった。トバスが皿を下げている最中だった。


「トバス、ごめん。まだ営業はしている?」


「いらっしゃい、というか、戻ってきたのね。店長とは今日はもう店を閉めてしまおうかって話をしていたところなの」


「何と言うか、嫌な再会になってしまった」


「うん、そうだね。まさかここに来ているだなんて思わなかった」


「メイフェルが注文した分の代金は僕が支払うよ。それと、僕も何か食べたいな。おすすめは?」


「メイフェルの分は私も出すよ。おすすめかあ、切らしてなければいいけど。適当な席に座って待っていて」


 地のものを使ったという炒めものと汁物の定食を平らげた僕は一人先に宿舎へ戻っていた。トバスの仕事が終わるには早すぎる時間で、一緒にメイフェルの元へ行く約束をして店をあとにした。


 口の中には甘辛いタレの味わいがまだ残っている。歯の間に具材が挟まっているのかもしれない。口から吐く息がトバスの手料理の匂いだった。普段は料理を担当していないのに、僕の注文だからと、トバスは店長にせがんだという。バシバシと背中を多々がれながら店主に説明された。


 トバスも中々どうして、良い働き先を見つけたものである。


 服を着替えに戻ってきたはずなのに、宿舎のベッドで横になるとひどく懐かしい気持ちになった。何回も日の出と日の入りを目のあたりにしてから帰宅した時の安心感に包まれるのだ。馴染むほどこの宿舎にいるわけでもないのに。


 気がついたら部屋はすっかり暗くなっていて、机の上で揺れるランプの明かりの中にトバスが浮かび上がっていた。橙色の火が揺らぐ度にトバスの輪郭も大きく震えた。


「おはよう、メイフェルのところに行くのでしょう?」


 留置所に団員が一組詰めていて、酒を飲みながらカードゲームに興じていた。僕の方を一瞥するも手をあげて挨拶をするだけで特に何も言われなかった。トバスについても同じ、僕がいるから気にされていないのだろう。


 メイフェルは檻の隅の簡易ベッドに身を寄せていた。僕たちの足音にも反応せず、ただじっと足を抱えて下を見るばかりだった。辛い思いをさせているように思えて、留置所に入れた本人の心は痛かった。


 団員から鍵を受け取り、扉を開ける。メイフェルの前に僕がしゃがみこんでから、ややあってから彼女は顔を上げた。トバスはメイフェルの隣に腰を下ろした。


 メイフェルはまるで別人だった。でも、メイフェルの顔だった。思えば、食堂で怒り狂うメイフェルは目が吊り上がっていた。本来はタレ目がちの大きな目をしているのだ。口が悪いのは僕の知っているメイフェルだが、黙っていればおっとりしているように見えるのはこの世の不思議である。


「落ち着いた?」


 メイフェルは頷くだけだった。


「ごめんねメイフェル、落ち着いたところで申し訳ないけれど、二人には話しておかないといけないことがある」


「改ってどうしたの? 私はてっきりメイフェルと三人でお話しようってことだと思っていたけれど」


「それもあるけれども、その前に伝えなきゃと思って。悪い話なのだけれど」


「何かあったの?」


 トバスははっきりと不安そうな顔をするものの、メイフェルは変化がなかった。変化するほど疲れてしまっているのだ。


 話すのをためらわれる。事実を伝えたらメイフェルはどうなってしまうだろうか。なみなみと水の注がれたグラスに一滴の水を垂らすようなもの。留まるか、あるいは溢れるかも分からない。話さないという手もあるけれども、隠しておくというのも良くないことである。


 僕は口から言葉を垂らした。


「あたしのせいだ!」


 メイフェルは溢れた。絶叫にも近い声でそう声を荒げたのだ。


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