食堂荒らし
宿舎に戻った僕は服を着替えて、管理人に汚れた制服を新しい制服に取り替えてもらう。宿舎の共同浴場で体の汚れを落としていたら、急に空腹が我慢ならなくなってきた。泣くというのはことのほか体力を使うものである。
脚に溜まった疲労が湯に溶け出してゆくのを感じている中、ふと浮かんだのはトバスが働いている食堂だった。一度は行列を見て行く気をなくしたが、こうも空腹が攻めてくるとなると我慢の限界に達してしまう。
昼食にしては遅すぎて、夕食にしては早すぎる。中途半端な時間が奏功したのだろう、食堂に並んでいた行列は姿を消していた。時間が中途半端だからさすがに行列がなくなったのだろう、と気楽に考えていた。
のだが。
店に近づくとどうも騒がしかった。どこか聞き覚えのある音のような気がして、その引っ掛かりを考えてみれば、夜の酒場だった。酒が入って頭のネジが緩んでしまった面々が勢いのまま騒ぎまくっているような。パーティでどんちゃん騒ぎをしたときのよう。
なぜだろう、聞き覚えがある。耳障りな音であるはずなのに、どこかで聞いた気がして、根拠のない懐かしさを感じてしまうのである。
扉を開けようとする瞬間に聞こえるのは。
「お客様いけません! これ以上は警察団を呼びますよ!」
「うるさいなあ! 客が注文しているのだから持ってきなさいよ」
「ですから酒はもう売り切れなのですって」
「飯屋だろう? 酒がなくなるなんてありえない!」
ひどく酔っ払った奴が暴れているらしかった。
とはいっても、背に腹は変えられない。騒ぎの店内へ何食わぬ顔で入ろうとした。なるべく目立たないようにして隅の席で食事を済ませてしまおうと企てた。グコールのことは話せなくとも、他愛ないことなら言葉をかわすことぐらい許されるはずだった。
ドアに取り付けられた鐘が軽やかに音を転がす。真っ先に目にはいってくる騒動の中心を否応なしに捉えてしまう。トバスも騒動に巻き込まれているらしく、テーブルの横で顔を引きつらせていた。顔を真っ赤にしているのは店主だろうか。
完全に浮いている張本人は騒ぐのを止めない。
僕は奴を知っている。ひどく酒に潰れた酔っぱらいのことを僕は知っていた。当の本人だって知っているはずである。トバスだって。酔いすぎて気づいていないのか?
「そんなにお酒を飲むなんて、楽しいことでもあった?」
「楽しいだと? んなわけあるかテメーに分かるものか!」
「メイフェルは良くも悪くも何かあると深酒をするから」
「何であたしの名前を知って――お前、ノグリか?」
酒を一気に煽ってにらみつけるのは、かつての仲間だった。目を真っ赤に充血させて僕をにらみつける姿は一端の小悪党のようにも見えた。実際、誰がどう言おうと、メイフェルが悪い。そう思える状況だった。
「今更あたしの前に現れて何様のつもりだ? お前がいなくなってから全部がおかしくなった。お前のせいだ!」
がばり立ち上がったメイフェルが胸ぐらを掴んでくる。男のような粗暴さで口にする言葉は見に覚えのあるはずがないものである。おかしくなった、それはこっちのセリフだった。
お前たちが僕を殺そうとしてから全部がおかしくなった。いや、おかしくなったと言うか、変わってしまったというべきか。悪いように思えて、結局のところは良いこともあった。
でも、パーティの行いを許せるわけがなかった。
「お酒に酔って店に迷惑をかけているのが分からない? ドードはどうした?」
「あんな奴なんてもう知らないわよ!」
ただでさえ激しい声が一層きつくなった。絶叫するような声は耳が痛くなった。かと思えば、
「知らない、知らない、もう知らないよ」
胸ぐらをつかんだままの姿は罵っているようにも見えるが、発せられる言葉には罵声のかけらもなかった。果たして一体、気の強いメイフェルがどうして涙を流しているのだ?
ドードを好いていたメイフェルがどうして『知らない』なんて言える?
「あいつのことなんてもう知らない! 捕まろうとも野垂れ死のうが知ったこっちゃない!」
「とりあえず、今は落ち着いて。話は落ち着いてからゆっくり聞くから。お店に迷惑だよ」
「まるで憲兵のような言い方だな、ノグリのくせして!」
「そうだよ、僕は今憲兵みたいな仕事をしている。こっちでは警察団って名前」
「は?」
「営業妨害と、不法侵入で身柄を拘束させてもらうよ」
拘束用の紐がなかったから、代わりに淀みの炎を拘束具に見立ててみる。量の手首にまとわりつく煙のようなもの。白く輝いているのは相変わらずだった。
一瞬何をされたのか分からなかったらしい、メイフェルはキョトンとして手首の異変を見やった。




