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離散

 やっぱり僕は幾分か薄情な人間なのかもしれない。


 新市街の詰め所に戻ったところで、僕が単身乗り込んだ時に待機していた二人がいた。僕が一人で返ってきた姿をみて明らかに重苦しい顔をして、僕をねぎらってくれた。


「まあ、その、なんだ。こういった仕事だからヒトを救えないなんてことは時たまあることだからな。戻ったら飲みに行こう。ひいきの場所に連れて行ってやる」


 先輩風を吹かせていた彼に礼を言えば、その言葉がもっと勘違いを生んでしまったのか、言葉を畳み掛けて仕事に戻っていった。新新市街に連絡して馬車を手配するその背中を見ながらも、僕の中に『その手の実感』が微塵もわき上げってこないことを感じていた。


 前も同じことを考えていた気がする。


 馬車の中で一人帰路についている時はこれ以上ないぐらいに無だった。トバスに会いたい、エフミシアさんと会いたい、ぐらいは思ったかもしれない。けれども、道のほとんどでは一切考え事をしなかった。ふと思い出したように二人のことを気にかける。それだけだった。


 新新市街は変わらずだった。時間帯が時間帯だからだろう、騒がしくて仕方ないという程度ではないものの、行き交うドラコは少なくなかった。荷物を運ぶドラコや、店先に出て掃除をしている姿もあった。どこかへ移動するドラコもいるのであろう。


 帆馬車の中から街の様子をぼんやり眺めていると馬車が停まる。道に降り立てば、正面にあるのは詰め所の扉だった。馬車はそのまま詰め所横にある馬用の出入り口に進んでゆく。


 馬車の中ではほとんど考えなかった僕だったけれども、馬車から降りてみると思いの外やりたいことがほとばしってくる。


 詰め所はあとだ。


 僕は左に舵を切った。数ブロック歩けば、行く先にあるのは治療院である。エフミシアさんと話をしたかった。朝に話すことができなかったから、その代わりに。事情聴取とまではいかない。グコールとあの場で何があったのか。知りたかった。


 だが、思ってもいない言葉を聞かされて困ってしまった。


「申し訳ありません、エフミシアさんはまだ目を覚ましていません」


「え、でも、昨日は会話している声が聞こえていたのですが」


「いいえ、そのようなことは。こちらに運ばれてから一度も目を覚ましていません。魔法での治療は懸命に続けていますが」


 受付に声をかけてみた結果がこれだ。僕が聞いた限り、とても元気そうな声をしていて和やかな雰囲気だった。まさか、そのようなことは。


 だが、廊下からエフミシアさんの病室を覗き込んで見れば、エフミシアさんはまだ眠っているようだった。顔色も決して悪いようには見えない。『意識を取り戻していない』という言葉が信じられなかった。しばらくしたら目をこすりながら体を起こしてくる、ごく普通な光景が想像できてしまう。見た目はすっかり健康なのだ。


 瘴気がまだエフミシアさんの体を蝕んでいるのであろうか。そんな思案を始めたところで思い出すのは瘴気の核や自身にまとわせた炎だった。


 そうだ、エフミシアさんを燃やしてしまおう。エフミシアさんの中にくすぶる瘴気を焼き尽くしてしまおう。


 字面だけ見れば物騒な発想が、僕には自然なものだった。思い立った次の瞬間にはエフミシアさんに炎をまとわせた。淀みの炎はその中にある淀みだけに作用する。着実に、じっくりと、二度と現れることがないように。


 矢を放つことなしに索敵の魔力を広げてみても、あるのはエフミシアさんの反応だけ。あわよくば体の中にある瘴気を見つけ出そうと考えたが、僕の魔法はそこまで緻密ではなかった。


 面会の時間いっぱいまでエフミシアさんを焼いてからようやく、警察団の詰め所に向かった。本当はトバスが働いている食堂にでも寄ろうと思っていたのだが、ひどい行列を見た瞬間に並ぶ気力をなくした。


 最上階の一角がロジ主任にあてがわれた部屋だが、詰め所に入ってからロジ主任のもとにたどり着くまでに少々骨が折れた。中に入ってくるなり団員に囲まれてしまったのだ。僕の体を心配するドラコもいたが、多くはエフミシアさんのことに対するお礼だった。エフミシアさんはやっぱり慕われていた。まだ意識を取り戻していないことを話したけれども、


「俺達じゃあエフミシアを行きている状態で連れて帰ることなんてできなかった。まだ目を覚まさないとしても。お前さんは誇ってよい。俺達もお前が誇りだ」


と言ってのける。


 対して、ロジ主任からかけられた言葉と言えば。


「一人で戻ってきた、ということはそういうことでよいのかな」


「はい。結局魔物になってしまったので、倒しました。彼は、僕のパーティの一員でした」


「そうか、知らなかったとは言え、辛いことをさせてしまったな。仲間殺しは辛いからな」


 ロジ主任の言葉がふいに僕を揺さぶった。意味も分からずこみ上げてくるものが現れた。目の前で力尽きるのを見ても何も感じなかったし、帰還の途でも感情が表に出てくることもなかった。


 なのにどうして。


 感情を押し殺そうとしているが、そのせいで口元が変に歪んでしまっている気がした。口角が痙攣していた。


「このようなことをきくのは酷だけれど、何か情報は手に入れられた? ノグリくんの仲間だった人間がどうしてあの場にいたのか理由が知りたい。何か持っていなかった?」


 暗にロジ主任は『死体漁りをしたか』と問いかけていた。


「いえ、できませんでした。戦闘の際に燃やしてしまって」


「そっか。エフミシアが目を覚まさない以上は進めようがないな。よし、ノグリくんはもう切り上げて良いぞ。明日も休みだ。気持ちの整理が必要だろう」


 部屋を出る体もどこかぎこちなくなく感じられた。多分僕は気づいてしまったのだろう。孤児院の時代から一緒だった友人を、いよいよ手にかけてしまったことを。


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