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捕物

 物言わぬ獣に堕ちたグコールははたから見れば人間だった。姿形に変化がないのだ。魔力の反応だけが人間と全く異なる。魔物が放つ性質のものになっている。


 おそらく、魔力に鈍い人間だったら魔物と気づかずに近づいてしまうに違いない。そうでもしたら一巻の終わりである。その場にいるだけで人が魔物に成り果てる危険地帯。どうしてこれほど危険な場所を人間が求めていたのか、僕にはもはや分からなかった。


 僕の前に姿を表したグコールは何も言葉を発さなかった。周りの獣がうなり声を上げているのとは対象的だった。彼の得物、槍はその手に握りしめられているが、しかし地面を引きずってきていた。槍の使い方を忘れてしまったらしい。


 寡黙で、少なからず男色の気があり、腕の立つ槍使いがこうもだらしなくなってしまうのは。


 先に動いたのは獣だった。三匹の獣が連れ立って僕に突進してきた。獣だから何も考えていないだろうが、弓銃に接近戦は苦手だ。相手が見えないところうちに攻撃を仕掛けるのが定石、目に見える距離で遭遇してしまった時点で雌雄は決したものである。


 昔の僕ならそう考えていた。だからこその索敵の矢である。


 でも今は。


 僕はただ念じる。頭に思い浮かべるだけで良い。


 どこからともなく現れる火の玉。


 鋭く突き刺さる先は獣たち。


 体の内側から燃やし尽くす。


 口から、鼻から、目から。尻からも火を吹く。


 火が消えたところで何もできなくなっている。


 想像が魔法となり、魔物の獣を蹂躙する。むごたらしいほどに想像と違わない事象が現実でも引き起こされた。僕の新しい力は目の前の敵をもたやすく倒してしまう。これほどまで重たくて瞬発力もある魔法を僕は使ったことがなかった。


 勢いや飛ばす必要があれば弓銃の矢に託す。それが僕のやりかただったのに。インセンタという言葉を知ってからというものの、どうも勢いを増した気がした。


 体から淀みの炎で焼かれた魔物はもはや死を待つだけだった。魔物に死というものがあるのか知るよしもなかったが、少なくとも灰のようになって消えてしまうことを死というのであれば、目の前のそれらは死に片脚を突っ込んでいた。片脚、あるいは、もっと多くの部分が灰になってしまっていた。


 獣から生まれた灰はちょっとした煙のようになってグコールにまとわりついた。始めは何が漂っているのかわからないと言った様子。湯気を知らない赤子のような、目の前の光景に戸惑っているような感じさえした。


 けれども。


 戸惑っているままならよかった。鬱陶しさが勝ってしまったのだろう。棒を振り回すように槍を振り下ろした。本当に槍の使い方を忘れてしまったようだった。


 が、不自然な煙の動きに目が釘付けだった。槍を振り下ろしただけなのに。煙なんて棒を振り下ろしたところでどうにかなるものでもないのに。


 どうにかなった。一瞬、煙は二つの塊に分断されて、たちまち風で吹き飛ばされるように散っていった。僕が弓銃で魔法の弦や矢を作る雰囲気に似ていた。まるでやりに魔力をまとわせて、獣の残滓を斬ったかのよう。


 それが合図と言わんばかりにグコールが動いた。人間らしからぬ速さで僕との間合いを詰めてくる。まあ、人間ではないのだが。その素早さに僕は避けることができなくて、弓銃を盾にする他なかった。


 槍の、槍としての尊厳を踏みにじる攻撃だった。真上から僕を叩き割ろうとする一撃は弓銃で受け止めることに成功したものの、腕をしびれさせた。それだけ重い一撃だった。


 脳裏に浮かぶのはあの日の事件。あの時逃げ切ることができなかったら、このような目にあっていたかもしれなかった。まだ人間としての姿を保っているから余計にタチが悪かった。


 僕を襲って何になるのだ! いっそ叫んでやろうかと思ったけれども、そうしたところで相手は魔物である。意味がないと考えれば少しばかり気持ちが落ち着いた。


 アレはグコールであってグコールではない。槍使いをかぶった魔物である。


 グコールは何度も槍を叩きつけてきた。金槌に打たれる釘の気分だった。盾代わりの弓銃は少しずつ押されて、振り上げられる間に高さを戻したところで再び打たれた。


 僕の腕を痛めつける槍にふとひらめきを得た。炎で槍のように突き刺したらどうなるのだろうか。腰のあたりからぬ胸に向けて、左右から槍のように炎が伸びるのである。交差するように突き刺して、やはり、体を内から焼くのだ。


 その結果が正面の人型魔物だった。口元から赤い血を流して、しかしまだ僕を打ち据えてくるが、攻撃は幾分か力の落ちたものとなっていた。


 血が口から流れると共にうめき声が漏れ出る。魔物となったグコールから初めて聞いた声らしきものは、とてもグコールの声とは思えなかった。僕の記憶の中では渋みのある声だったと思ったが、目の前の魔物から発せられる音は不愉快極まりなかった。


 このような魔物、滅多刺しにされて燃えてしまえば良い。


 頭の中の想像が現実になった時、いよいよグコールの単調な攻撃は勢いを失った。振り下ろした攻撃は僕の横をかすめていって、地面を攻撃する格好となった。その勢いで地面に倒れ込む。槍をもった腕はおかしな方向に曲がっていた。


 肉の焼ける匂い。魔物だと思っているのに、人間と想像してからの僕の暴走は早かった。あっという間に吐き気がこみ上げてきて、押し止める余裕すらなかった。これほど体の中に入っていたのかと傍観者になってしまえるぐらいの嘔吐をして、それから、もう一度吐いた。人間の焼ける匂いとすえた匂いが混ざって最悪だった。


 グコールの体は焼けて、更に僕の中から出てきたものも少しばかり付着していた。何かを遺物として持ち帰ろうと思っていたが、焼けてしまって持ち帰る気になれなかった。


 ――ドードと、メイフェルを……


 渋い声で聞こえた幻聴。僕はその言葉を持ち帰ることしかできなかった。


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