死霊語り
程なくして治療院を退院した僕はその脚でヒペオへ向かうことにした。一度ロジ主任のところに顔を出すことも考えたけれども、時間が惜しかった。
エフミシアさんとは治療院を出る前に一度話をしておきたかった。けれども僕が病室を訪れたときは誰かと話している声が聞こえてきた。せめてその姿を見ておこうと思ってちらり除いてみれば、エフミシアさんは長いベッドに横たわっていた。
新市街までは馬車を出してもらい、新市街から先は歩いての移動である。肩に担ぐのは必要最低限の野営道具。弓銃は皮の紐を通して肩から斜めに提げた。前回の反省、を活かした形である。これで重い装備を手に持ち続ける必要がなくなった。
新市街を出発して時折、索敵の矢を放つ。ロジ主任の話を聞いたときから何となく想定してはいたが、エフミシアさんを助ける時に感じ取った感覚はどこにもなかった。いるのは分かっている、でも反応がないということは、そういうことだ。
僕の仲間だったグコールが力尽きて横たわっているはずだった。
新市街を出発したのが昼過ぎだったため、初日は移動で終わってしまった。エフミシアさんを救出するときとは全く異なり、急ぐ必要性のない仕事だった。もちろんだらだらやっていてたら別の侵入者の対応ができなくなってしまう恐れもあるから悠長にはしていられないけれども、少しでも間違えればヒトが死ぬような状況ではなかった。
だって、もう終わっているから。
二日目も昼頃、いよいよ踏み入れるのは不自然な色の空間である。自然のあるべき姿を忘れてしまった世界。チリチリと肌を焦がすような感覚。風が吹くのと同じような感覚で発生する。多分瘴気が含まれているのだろう、肌に嫌な感覚が走ったかと思えば、白い炎が急に現れて弾けた。
二人が倒れていた地帯に足を踏み入れたのは良いものの、問題はここからだった。ヒペオの中に入れば何となく方角が分かるだろうと高をくくっていた自身を呪いたくなる。極彩色の異様な空間にはグコールがどこにいるかを示す手がかりは全くなかった。
ひょっとしたら索敵の矢に反応するかも知れないと広範囲に放ってみるが、奥に数匹の魔物が潜んでいることしか分からなかった。
休憩がてら途方に暮れる。さて、どうしたものか。周りの景色は最悪だけれども、日差しの温かさと風の心地よさは危険地帯にいることを忘れさせる。ここが草原だったなら。そよ風に耳を傾けながらうたた寝に浸るのも良い。目をつぶっていればそのような想像に気分を良くするのであるが、目を開ければ最後、不自然な色合いに包まれるとこの場から早く立ち去りたくなる。
早く本人を見つけよう。遺体を運ぶことはできないだろうが、装備品や荷物を回収することぐらいはできる。もしかしたら僕やトバスがいなくなってからのパーティの様子が分かるかもしれない。
魔物対策で索敵の矢を放ちながら危険地帯をゆく。立ち枯れた木のようなものが並ぶ一帯を進んでいたら、いつの間にか森のような薄暗い空間に入り込んで、かと思えば森を抜けて立ち枯れの地帯に足を踏み入れる。いかにも遭難してしまうそうな土地だった。景色の自己主張が激しすぎて逆に目印となるものが見つけられない。一定間隔で森を出たり入ったりしているせいで、方向感覚も奪われてしまう。
時折全方向に矢を放ってヒトの気配を探る。ヒトの反応を確認しておけば、そこが新新市街であるかはともかく、遭難することはなくなる。ヒトの反応をとっかかりにすれば街に帰ることは難しくないはずだ。
何度目の森を抜けたところか。何本目の矢を放ったところか。
ヒトよりも魔物の反応が目についた。どうも魔物が僕の存在に気づいたらしかった。僕のいる場所めがけて近づいてきている様子。だが、気になるのはそれだけではなかった。魔物の反応の中に混ざり込んだ『声』だった。かつての幻聴の――僕と瓜二つのヒトの声と同じ響き方で僕に届けられた。
――だまれ蛇女。
蛇女というキーワードからの連想。聞いた覚えのある声。罪悪感と共に湧いてくるのはグコールの声だった。
目を閉ざして言葉に集中した。
――お前のような魔物に我々の目的が分かるまい。
魔力の膜をざわつかせるグコールの声は、それだけで何のことを言っているのかを想像させる。エフミシアさんとかの大男はこの危険地帯で相対したのである。言葉をかわす程度の時間はあったのか。
「グコール、どうしてこんなところに来たの」
何の気なしに言葉をこぼしてしまう。彼はこんな愚かなことをするやつではなかった。僕と同じように実態を知らないとしても、この異常な空間を見れば信じていたものが間違いだったと気づくはずである。
――お前には分かるわけがない。お前は堕ちた。
まるでその場にグコールがいるかのような反応が返ってくる。
「この場所は聖地なんて場所じゃない。もっと危険な、誰の手にも余るような場所」
――それでも俺達は手に入れなければならない。それが望み。
「望み? 誰の望みさ。僕を襲うこともその人の望み?」
――お前は勝手に消えた。襲う? いつ襲ったという? 被害妄想も大概にしろ。
「じゃあ、覚えていないのか。トバスも言っていた。僕に対してドードがいっていたことを覚えている? イノセンタを渡せ。覚えはない?」
――知らない、そんなことは――イノセンタ、イノセンタ――
反応がパタリと途絶えた。何となくグコールの魂が限界だったのかと想像する。僕の身に不思議なことが起こりすぎて当たり前のようになってきた。想像するだけ想像して、終わり。誰も答えを知らない。たとえ答えを知っていそうな人が目の前に現れても、答えてはくれまい。
僕は目を開けた。魔力の反応である意味見えてはいた。
数匹の魔物。その中の一体はグコールの成れの果て。




