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火はまた上る

 白く輝く世界はいつのことやら。


 僕が感覚を取り戻したときに感じたのは闇でもなければ光でもなかった。何となく明るい気がするのだが、いかんせん全てがぼんやりとしていて溶けてしまっていた。


 色んな色があるけれども、その境目はなくて、うねったり揺れたりした。耳に入る音もまた奇妙な光景に合わせて波打つのだった。


 僕は一体どうなっているのだろうか。感覚的に仰向けになっているのは感じ取れるが、しかし、エフミシアさんのもとへたどり着いたあと仰向けになったか? 僕は倒れるようにたどり着いたはずだった。つまりはうつ伏せ。


 それにこんな柔らかくて温かい地面ではなかった。


 何かが僕の手を握りしめる。ああ、温かい、血の通った暖かさだ。エフミシアさん? 蛇のところは清水のように冷たかったが、手はこれほどに温度を持っていて。なら、エフミシアさんは大丈夫だったのだろう。


「――ろ――しろ――気を確かにしろ!」


 間近から聞こえる声は、エフミシアさんではなかった。ロジ主任だった。


「おい、エフミシアはどうだ! 目を覚ましたか!」


「いえ、まだです! 魔法は全力でかけているのですが」


「それが我ら異形部隊の魔法か? さっさとヒト辞めて我々らしい魔法を見せてみろ」


「やっています!」


 激しいやり取りについていけなかった。まるで他人事、遠くの座席から演劇を見ているかのような錯覚を覚える。体は僕のものでなくなったかのよう、一切のことができなかった。ただただ見せつけられるだけ。いや、本当に見せつけられているのか? 視界は未だぐるぐるしているのに?


「ノグリ、しっかりしろ! 気を強く持つのだ! お前がだめになったら誰が街を守る!」


 まるで僕一人に街の命運が握られているような物言いだった。本当に演劇で言いそうなセリフだった。


「おい! 馬車を呼びに行った連中は戻ってきたか?」


「まだです」


「ああくそ! もたもたしている余裕はないってのに!」


 ロジ主任らしくない焦りようは、間違いなく僕とエフミシアさんのためなのだろうけれども、ありがたいとも申し訳ないとも思えなかった。感情がまるで湧いてこなかった。


 視界が多少はましになってきた。誰かが慌ただしく動いている。僕のすぐ近くに誰かの顔がある。抽象的な輪郭が捕らえられるようになってきた。


 同時に、体の節々がひどく傷んだ。節々以上に頭が痛かった。エフミシアさんを見つけた時の索敵の矢と同じぐらいだった。痛みを取り除けるのであれば首を落としても良いと思えるほどの。


 腕が時折僕の意思に反して動くのは、おそらくは頭痛のせいだ。体が混乱しているようだった。何もかもがちぐはぐに感じられる。腕は痛いし、脚は痛いし、首も。頭も痛い。傍観者のよう、と思っていたのに、これでは何人もの暴漢に襲われる当事者である。


 宙に投げ出されたかのような感覚に陥って、体がびくんと跳ねた。


「ノグリ!」


 ロジ主任の声が聞こえるがそれどころではなかった。体が跳ねたせいで、全身に激痛が走る。頭が揺れれば金槌で殴られたかのようで、床をのたうち回った。のたうちまわれば余計に体は痛むし、揺れる頭にはさらに槌が打ち据えられる。痛みが痛みを呼ぶ。


「おいこっちに来てこいつを押さえろ! 無駄に体力を消耗させるな」


 靴底が床を駆ける音が騒がしかった。体がうつ伏せになったところを何個もの手が押さえている。背中を抑える手が痛い。


 顔はちょうど横を向いていた。団員の靴と靴の間から見える高稀有は変わらずぼやけているが、特徴的な輪郭が見えた。


 横に長い、柱のような輪郭。その先は先細りして、一方は人の体と繋がっている。色は、濃い緑色に見えた。


 曖昧模糊な空間に現れた主張の激しい色。


 エフミシアさんがそこにいる。


「おい、こいつ、矢を作ったぞ! 何をするつもりだ!」


 エフミシアさんがそこにいるのか? 確かめなければ。索敵の矢で探り当てなければ。すぐそばにいるのだろうから、大した力の矢は必要ない。速さもいらない。僕の体も限界なのだから、弱々しい一矢でも精一杯だった。


 ヨボヨボとした勢いの矢はしかし、すぐにエフミシアさんを捉える。克明に伝えるのは。


 今にも消えそうなエフミシアさんの魔力だった。


 エフミシアさんが危ない! 疲労と痛みとで力を失っていた頭がたちまちに勢いづいた。まともに想像をふくらませることのできなかったのにもかかわらず、今やフル回転していた。


 痛み? 知らない。


 真っ先に浮かぶのは炎だ。全てを焼き切る破壊の炎ではない。穏やかに燃える、しかし消えることのない炎。しなやかに揺らめいて、濃い色をその中に宿すのだ。命の炎。エフミシアさんの消えかけの魔力に近づけるのだ。


 弱りゆくエフミシアさんの命を再び焚きつける。僕の炎をまとえば最後、消えゆく運命さえも焼き尽くしてしまう。消えゆくことができなくなった炎は延々と燃え続ける。衰えることを知らない。


 消える未来なんて僕は嫌だ。だから燃やす。消えかけたろうそくに火をくべよう。


 ああ、エフミシアさんの温かさだ。エフミシアさんの火の温かさが戻ってくる。まだまだ小さい炎。でも僕には分かっている。気づいている。ろうそくの芯に宿る炎がほんの少しずつ大きくなっているのを。


 エフミシアさんの蛇のところ、一枚一枚のウロコ状の形が見えるようになってきた。同時に、全身が傷だらけだった。どう見ても草木で切ってしまったような傷ではなかった。刃物で切られたかのような鋭い傷跡。乳房が半分に裂けてしまっていた。鈍器で殴られたかのようなあざ。普通でない大きさのあざだ。おかしな方向に曲がった腕。服は着ていても全く意味をなしていない。ボロボロで、ほぼ全裸。


 エフミシアさんが、ひどい姿になっている。


 僕の周りに小さな炎がいくつも飛び出した。ヒペオでエフミシアさんを見つけたときのような炎。周りは騒いているように感じられたけれども気にしてなんていられない。


 炎だ。


 エフミシアさんに害するものを排して、怪我で傷ついたエフミシアさんを優しく包む炎だ。傷ついた体に力を与える炎だ。傷口をつなぎ、癒やし、温める炎だ。


 僕たちの周りを白い炎が覆う。団員の声は聞こえない。ただ炎がうごめく音と、それから、心地よいじんわりとした温かさだけがあった。


 炎に触れて少しずつ元に戻ってゆくエフミシアさんの姿を見続けた。


 僕は、僕たちは当事者だった。見るに耐えられないほどの怪我を前にようやく自覚したのだった。


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