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追い込んだ挙げ句

 夜、トバスとおそろいの指輪をして家路についている中、知っている姿を見かけた。


 足早に過ぎ去ってゆく姿。歩く人々から頭半分ほど抜けた身長。肩に担ぐ物騒な戦斧。エフミシアさんも休みだったろうに、夜遅くまで武器を持ち歩いているということは訓練でもしていたのだろうか。


 僕は勝手な想像から、ちょっと声をかけてみようと思ったものの。小走りをしているかのような速さで遠ざかっていってしまうし、駆けるには邪魔な人混みのせいで近づく余裕もなかった。


どこかで曲がったのか、それとも群衆に紛れてしまったか、エフミシアさんの姿を捉えようとしても見つけることができなかった。


 それが、夜の出来事。


 数時間後、エフミシアさんは詰め所に現れなかった。集合時間はとうに過ぎている。


 この日もこの日でヒペオの周辺で侵入者を探す仕事である。新市街の旧詰め所に馬車で移動して、それからは徒歩で移動の手はずだった。白い瘴気が現れたことで、ヒペオの周りで斥候ができるのは実質的に僕だけとなってしまった。僕が動くから、相方はエフミシアさん。もう一組は旧詰め所で待機することになる。


 すでに三人が揃っていた。戦闘のときに、後方で守られながら何かを唱えていた魔法使いと、エフミシアさんとともに前線で戦っていた剣士だった。


 ロジ主任に何か聞いていないか尋ねてみてもなしのつぶて。


 結局、一人で斥候をすることになってしまった。


 どうしたものか。侵入者を見つけて捕まえるという仕事で、前回と変わらない任務ではあるが。どこの誰とも知らないやからよりもエフミシアさんのことのほうが心配である。


 だからといって、僕は特別なことができるわけでもない。ただ索敵をすることだけ。矢を放つことしかできなかった。


 すばやく、広く、遠くへ。伝わってくる反応を分析して。


 網にかかってほしくない思いと、かかってほしいという思いとがごちゃまぜになる。魔力の網にかかればそこにいるのが分かる一方で、万が一にもヒペオの危険地帯の方面で反応を見つけてしまった時の絶望を想像しただけで辛かった。かからなければ気のあたりにはいないという安心の一方で、ならどこに行った? と不安をかきたてられる。


 どう転んだところで、僕には嫌な気持ちしかわかないのである。


 それでも僕は矢をばらまくことを選んだ。どうせ嫌な気持ちになるのであれば、ある程度自分が対処できることのほうが良かった。見つけられれば、たとえどのような状態であったとしても助けに向かうことができる。


 新市街、新新市街の方向はどうだったか? エフミシアさんの雰囲気はなかった。あるのは無数の魔力の反応ばかり。


 森の方はどうだったか? 野生生物の宝庫だった。


 新市街を背にした、荒野の方向はどうだったか? わずかばかりの植物の魔力の力強さ。魔物なのか動物なのかも良く分からない反応。癒やしの殺し屋。


 さて、『危険地帯』、ヒペオ旧市街の方面は?


 弓銃を構えたところで手が止まった。もし索敵の矢が反応したらどうしよう。心がブヨブヨになってゆくような嫌な気持ちに支配されそうだった。


「反応がなかったら、どこにも探しに行けないじゃないか」


 僕自身に言い聞かせる。目を背けておきたい。『そこにエフミシアさんはいない』ということにしておきたい。そうすれば、いつの間にか僕の前にひょっこり現れてくれることだってあり得る。


 でも、確実ではない。分かっている、分かっているつもりだった。


 怖い。


 いるのであれば助けないと。


 僕は目をつむった。


 引き金を一気に引いた。


 次の瞬間には尋常でないほどの情報が襲いかかってきた。僕は加減を忘れた。魔物を攻撃するようなやり方で索敵の矢を放ってしまったのだ。普段の何倍の速さで届けられる情報。あまりの多さに視界が歪んだ。


 体を支えられなくて地面に突っ込んだ。膝や肘がひどく痛んだ。どれだけ体が痛くても一度放たれた矢は止まらない。


 これは言葉通り暴力だった。どこを間違えたのか、ほんの些細な魔力のゆらぎさえも僕に送られてきた。ありとあらゆる場所に見られる湯気のような揺れ。一歩体が動く度にうごめくようなそれを、全て、漏らすことなく。受け取ったところで意味のないもので頭がいっぱいだった。


 その上で突然強烈な反応を送り込んでくる。魔物だったり、瘴気の中で生きるたくましい植物、いや、これは植物か? 魔物と言えばよいのか生物とするのが正しいのかいまいち判別できないそれらが奇襲をしかけてくる。その都度頭に楔を打ち付けられているかのようだった。


 痛みと、激しい痛みと、死んだほうがマシと思える痛み。ひたすらの痛みに息の根を止められそうになりながらも、僕は矢に集中しなければならなかった。早く矢を絶たなければならないからだった。撃ち出された矢が止まらない一方で、矢そのものは魔力の塊。魔力を送るのをやめてしまえば、矢と僕の間のつながりを切ってしまえば、僕は頭を襲う痛みから逃れることができる。


 そのためには集中を取り返さなければならなかった。それを魔力そのものが邪魔してくる。


 早くしなければ! エフミシアさんを見つける前に僕がだめになってしまう!


 痛みに耐えて、息をするのを忘れるほどに集中して。


 刃物で矢と僕の間にある糸を切るイメージ。


 切れた!


 矢と僕の道が消える直前。最後に送りつけられた索敵の魔力網の情報とは。


 エフミシアさんの魔力だった。弱々しくて、傷だらけだった。


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