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アントワーヌのロジ

 野営道具を片付けると言っても、寝袋を丸めて収納袋に入れて、さらに野営道具の入った袋に押し込むだけだった。寝袋以外の荷物は袋の中に収まっていて、焚き火をした形跡はなかった。どうやって野営していたのだろうか。


 片付けがすぐに終わってしまってからは、はじめは大人しくロジ主任が戻るのを待っていた。しかし、次第に白い瘴気――殺し屋の姿が脳裏に現れたり隠れたりしだした。根拠もなく、ただひたすらに気になって仕方がなかった。


 僕はロジ主任が戻ってくるまでの間、ずっと索敵の矢を放っては遠くまでの様子を探った。他のところにも同様に、白い瘴気が発生している可能性を想像したらじっとしていられなかった。一方向ずつ確認しては少し体を回してから放つ。その繰り返しだった。


幸いなことに、白い瘴気の痕跡は見つからなかった。


「すまないね、もっと早く戻るつもりだったのだが」


「いえ大丈夫です。その間に周りの索敵をしておきました。問題は特に起きていないです」


「そうか、それなら良かった。だが他の管轄でも同じようなことが起きていたら嫌だな。そこは私が周知しなければだな」


 ロジ主任は転移する前に比べてとても憔悴しているように見えた。言葉に宿る張りのある雰囲気がなかった。周りを振り回すような調子なのに、目の前で言葉を並べるロジ主任は何者なのだろうか。


「しかし、癒やしの殺し屋がまた出るようになるなんて。状況が悪くなる一方」


「以前も同じようなことがあったのですか」


「ああ、あったとも。私がまだ警察団では若手と言われていた頃のことだけどね。私とほか三人の同期でヒペオの周りに現れた癒やしの殺し屋に対処した。あれが『癒やしの殺し屋』と名付けたのはその時。同期の一人が詩人みたいなやつでね」


「そうだったのですか。じゃあその時も、僕みたいな力を持つ人が」


「いなかったよ。いなかった」


「ではどうやって」


「退けたかって? たくさんの犠牲の上で、アレを壊す方法を見つけた」


 腰に両手を当てて空を見上げる姿は、僕の目には見えない何かを見つめているようだった。


「その時考え出されたのは、魔力の爆弾。大量の魔力を蓄えたものを癒やしの殺し屋にぶつける。そうすれば膨大な魔力に触れて壊れる」


「壊れたあとにできる黒い瘴気に対してはどうしたのですか」


「今と変わらないよ。魔法担当が瘴気を吸い取る」


「命をかけなければ処理できなかったのですね」


「そうだな、方法を見つけるまでにヒペオにいた団員の三分の一は眠るようにして死んでしまったな。方法を見つけてからは、更に三分の一の団員が犠牲になった。たちが悪いのは、そのほとんどは淀みに当てられて理性を失ったことで魔物になったってところかな」


「想像したくありません。以前ロジ主任が言っていたことは実体験だったのですね」


 『一緒に戦っていた仲間が急に魔物になって襲いかかってくる』。魔物になった以上団員は仲間を敵として倒さなければならなかった。そうしなければ自分たちが死んでしまう。それでも、同僚だった者が牙を向けてくるというのは相当な負担だったろう。


 ロジ主任はどれだけの修羅場をくぐり抜けてきているのか。


「そのせいで残りの三分の一も大半はおかしくなってしまってね。いつ隣にいるやつが襲ってくるか分からない、なんて考え始めたら気が触れてもおかしくないでしょう」


「でもそのような中でも、ロジ主任は戦ったのですね」


「もちろん。私の生まれのアントワーヌはこの近くにある。故郷がヒペオのようになるのだけは避けたいから、ここで踏ん張らなきゃいけなかった」


「生まれ故郷ですか、それは守らないといけませんね」


「同僚二人は魔物対策、詩人が魔力爆弾、そして私ともう一人が、瘴気を吸い取る役割でね。自体が収束したときには同僚二人ともう一人の瘴気を吸い取る役割の子が魔物になってしまってね。私と詩人はヒトの姿を失った」


 僕は思わぬ言葉を聞いた。ヒトの姿? 自身の耳を疑った。ロジ主任は何を言っているのだろうか。


「詩人はあのあと本当に詩人になってね、この界隈ではちょっとした有名人なのだけれどね。やっぱりあの事件には思うところがあったのだろうな」


 どう見たってヒトの姿をしているではないか。


「ロジ主任、ヒトの姿を失ったと言いましたか」


「ええ、言ったね」


「僕の目には普通のヒトの姿をしているふうに見えるのですが」


「まあ所見では気づかないでしょうね。私はもともと、男なのだよ」


「え、どう見ても女性……え? 男性?」


「いやはや、久しぶりの反応でなかなか楽しいね。そうだよ、私はもともと男でね。ヒトでない姿が女、女の姿の異形ってところかしら。脱ぐとヒトじゃないなっていうのが分かりやすいけれど、あまり見せるものじゃないからね」


「脱ぐなんてやめてください」


「冗談だ冗談。ただヒトでない姿がこの姿だからね、他のヒトでない姿のドラコたちに比べれば断然動きやすいわけでね。普通ならヒトの姿を失ったら辞めることになっているが、私はこのまま続けているわけだ」


 ロジ主任はその場でくるり振り返った。柏手を一つ打ったと思ったら僕の元へと迫ってきた。


「さてノグリくん。撤収の時間だ。昔話をしたらだいぶ気持ちが落ち着いたよ。君のおかげだ」


 ロジ主任は野営道具の詰まった袋のをひょいと担ぎ上げるなり、僕の肩に手を置いた。


「戻ろうか」


 声に張りが戻っていた。


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