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癒やしの殺し屋

 一体どうしたら、このような状況を想像できるだろうか。


 気がついたら、蛇が抱き枕になっていた。頭の下をしっぽが通り、先端は僕の脇の下を通って胸の上。仰向けで目を覚ましたせいで目くらましにあってしまったから、視界を取り戻す前にだいぶこすってしまった。


 やけに冷たいものがあるなとなでてみたのだ。ザラザラとツルツルとが交ざりあった感覚は触った覚えのない感覚だった。真っ白になった世界が色を取り戻すと、どこかで見たことのある蛇のしっぽだったわけだ。


 まあ、一瞬で血の気が引くし、背中には嫌な汗が吹き出してくる。言うなれば、人の生足を激しくこすったわけだ。


 横を見れば袋に入ったままの野営道具と、布を敷いて寝ているエフミシアさんがいた。無防備にも両腕をお大きく広げて寝息を立てていた。僕がひどく触ったことには気づかれていないようだった。


 そんな事件があったものだから、恥ずかしくて帰り道にはあまり僕からエフミシアさんに話しかけるというのができなかった。何をするのもぎこちなく感じたし、話しかけてくる度に事件のことを口にされてしまうかもとビビっていた。


 けれどエフミシアさんは全く話題に上げることもなく、他愛のない話をしたり、僕がいない間の状況を話してくれたりしてくれた。


 いや待て、寝ている僕に潜り込んだのはエフミシアさんじゃないか!


「それじゃあ、本当に何もいなかったわけね。見つけたときには仰向けになっていたから最悪のことを想像してしまった」


「体の中が空っぽになるような疲れ方、と言いましょうか。それで仰向けになっていたら寝てしまっていたようです」


「空っぽになるような、ねえ。戦闘で魔法を使いすぎたドラコがそんなことを言っていた気がするなあ。私には馴染みのない感覚だけれど」


 僕も一応は魔法を主に使っているのだが、あのような感覚は初めてだった。ヒペオの戦闘のような極限状態で魔法を使ったことがほとんどないからか。


「僕、そんなに魔法を使った覚えがないのですよね。白い正気に対して矢を一本放って、それから黒い瘴気を燃やしたぐらいですから。今までの経験だと魔力を限界まで使うようには思えないです」


「ロジ主任ならなにか知っているかもね。にしても、白い瘴気だなんて、信じられないなあ。やっぱり一緒についていくべきだったかも。安全というよりも興味の意味合いで、だけれど」


「やめておいたほうが良いですよ。色は違っていても瘴気のようなものですから。結局両方共燃やして対処したのですから。気持ち良かったですが、考えてみたら、ろくでもないようなものな気がします」


 考えてみよう。荒れ果てた土地に不自然に湧く白い物体。近くにいると不思議と心地よい。けれどもいざそれが消えた途端、動けなくなるほど消耗していることに気づく。


 不快感ではなく心地よさを感じた時点で、僕はあれから距離を取るべきだったのだ。不自然さに気づけないとは、頭が鈍ってしまったのだろうか。それとも、白い瘴気が想像以上に危険なものだったのか。


 僕の反省は、エフミシアさんと一緒に詰め所へ戻った時、正しかったことが証明された。


「白い……瘴気……なんてことだ……」


 ロジ主任に事の顛末を報告したところ、ひどくうろたえていた。椅子から腰を上げてあたりを言ったり来たりしている。汗をかくような温度でもないにもかかわらず、白い瘴気の話をしてから滝のように汗が流れてきた。


 ひどくあたふたする様子は近くで余興にふけっていた団員の関心をも惹きつけた。珍しい光景を人目見ようと、出入り口には人が集まっていた。


 普段なら言葉を一つ投げつけて解散させるだろうに。今回はそれをしないどころか、出入り口の様子にさえ気づいていなかった。


「ロジ主任は知っているのですか?」


「ああ、思い出したくもないやつだね。癒やしの殺し屋だ」


「癒やしの殺し屋? それが正式な名前ですか」


「いいや、あいつには名前なんてつけられていない。仲間内の通称ってやつだ。あれは癒やしを餌に人を引き寄せて殺すのだ」


「たしかに近くにいると心地よかったですし、燃やしきったあとは命を削られたような疲れがありました」


「そのとおり、近くにいるとこの上なく心地が良い。けれどもそれでウトウトしてしまったら最後、気が付かないうちに体から命を吸い取られて死ぬ」


 そう言ってから指を鳴らすと、突如として現れた。


 白い瘴気だ。


 まずい! と思う前に体が反応して、弓銃も使わず淀みの炎を浴びせかけた。しかしあっけなくその炎は燃え尽きて、荒野で見たような第二波、黒い瘴気は現れなかった。


「……すまない、あれは見た目だけの模型のようなものだったのだが。脅かしてしまったね」


「それなら良かったのですが、どうしてそのようなものをここに出そうと?」


「ここの詰めている団員は世代交代も進んでいてね、こいつを知らないのだよ――こいつのせいで、新市街は壊滅した」


 出入り口がざわめいた。


 新市街を壊滅させた?


 これが?


 そんなの初めて聞いたぞ。


 ひそひそ話が僕の耳に届いてくる。一方で、ロジ主任からも、


「くそ、また出てきやがったか」


と僕に背を向けて独り言をつぶやいていた。頭を抱えながら。


 ややあって、ロジ主任が柏手を打った。


「ようしお前ら、新しい仕事だ。持てるだけの荷物を持って新新市街に移動するぞ。この拠点を放棄する」


 ざわめきは一層大きくなって一面に広がった。しかしそこは警察団である。誰かの団員の


「撤収準備!」


の掛け声がかかるやいなや皆が散り散りになってゆくのである。


「エフミシアとノグリくん、申し訳ないけれど休暇は延期でよろしく。エフミシア、撤退の指揮を代わりに進めて。終わり次第休暇に入って良いから」


 エフミシアさんは指示を受けるなり僕の横から離れていってしまう。けれども離れ際には、しっぽでしたように、僕の体を指先で撫でていった。


 エフミシアさんに気を取られていたら、いつの間にかロジ主任が目の前に立っていた。


「ノグリくんは私と一緒に来てもらうよ。一つ事件が起きていてね、もう一組出していた斥候がまだ戻ってきていない。殺し屋にやられているかも知れない。ついてきてくれ」


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