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佇むものは

 野営で侵入者を放置しておくわけにもいかなかった。


 気を失った男性はヒトでない姿のエフミシアさんが担ぎ上げて、女性は僕が拘束の紐を握った。女性は僕と目線が会う度に怯えてしまっていて、抵抗する考えはどこにもないらしかった。


 僕たちはまず新市街に戻り、そこから馬車を使って新新市街に移動、侵入者の取り調べは新新市街の詰め所で行う。僕たちは取り調べそのものをせず、再びヒペオを狙う人々を捕まえる仕事に戻る。


 人間に僕はどう見えているのだろうか。人間にエフミシアさんはどう見えているのだろうか。


 馬車の隅でおとなしくしている二人を見やると、二人して身じろぎする。馬車の壁に阻まれてどれだけ距離を取ろうとしたところで無理なはずなのに、それも分からずにビクビクしている。


 馬車の中のエフミシアさんはヒトの姿だ。彼女を魔物と罵った男性はエフミシアさんの姿に何を思っているのか。


 人間に、ドラコを見分けることができるか。


 人間でありながらドラコ側に立つ僕の立場に悶々と考えさせられてしまう。


 詰め所に戻って、引き渡して、新市街。そうして野営地点。


「今日一日索敵をしたら、交代して休みにしてくれるって」


「それは良かったです。トバスの仕事も探さなければいけませんし」


「一週間だっけ。ロジ主任のことだから、その後も使っていたとしても何も言わない気がするけれど」


「期限までに仕事が見つからなければ相談しますが、それを当てにするのはちょっと」


「いっそのこと警察団に入ってもらうのはどう? 宿舎そのままで」


「それはだめです。危険です」


「そ、そう、ごめんね。そんな強い口調で返されると思っていなかった」


「すみません。でもこれだけは譲れないのです。トバスはこんな危険な仕事をするべきじゃない」


 思わず語気を荒げてしまった。エフミシアさんは良かれと思って言ってくれている。分かっているが、どうしても。ドラコでさえ難儀しているヒペオの瘴気を想像すると、どうしてもそれに対峙させたくない。


 この気持ちは変わらない。


「人間にはドラコのようにヒトでない姿というものがありません。瘴気への耐性という意味では、ドラコより人間のほうが遥かに弱いはず。『ヒトでない姿』という段階を取れないので」


「もしかしたら人間相手には無害、って可能性はない? ヒペオが欲しいと言っているのでしょう?」


「分かりません。僕は今のところ大丈夫ですが、たまたまかもしれませんし」


 栗の弓銃を構えて索敵の矢を放つ。おそらくは、あの炎を使えるのであれば耐えられるような気がする。しかし僕が使えるのは確かだけれども、他の人が使える保証はまったくない。少なくとも、トバスは淀みの炎をイメージできていなかった。


 エフミシアさんはとぐろを巻いて、戦斧を磨いていた。


「どこか働き口の見当はついているの? ノグリくんだって、ヒペオの街を見るってことはしていないじゃない。ロジ主任は『観光』だってはじめ言っていたけれど結局まともに観光させてくれなかったし。知っている? ヒペオは木工細工と栗が有名でね、栗の料理とか栗の木を使った丈夫な木工品とかがあるの」


「そう言えば、新しい弓銃の木の部分もヒペオの栗を使っているとか言っていました」


「ヒペオの栗と言ったら食べてよし加工してよし使ってよしだからね。ほら、あの子に贈り物の一つや二つ、見繕ってみたら」


「僕、そういうの全然やったことがなくて。何かいいものありますかね」


「私の好みが合うかなんて分からないよそれこそ。まあ、ノグリくんが頑張って選んだものなら何でも良いと思うけれどね」


「そんなものですかね」


「そんなものよ。で、どうなの、働き口は」


「正直に言って全然分かりません。街に出てみて求人を探してみるつもりですが」


「それじゃあデートってやつね。良かったじゃない、ちょうど休みがもらえるよ」


「ありがたい限りです?」


 矢の異変に気がついた。


「どうして疑問形?」


 矢の一本が消えた。魔力の痕跡をたどれば、ある一箇所だけがおかしな状態になっていた。全く情報が入ってこない場所があった。まるで膜に針で穴を開けられたかのような状態だった。どことなく穴の周りの魔力も歪んで感じた。歪むと言うよりは、変質していると評したほうが正しいか。


 僕が放った魔力とは思えない。別人の魔力を感じ取っているような。


 ヒト? 人? 魔物? 感じ取ることができないのだから判断しようがない。ただはっきりしているのは、何か想定していないことが起きている。


 体を問題の方向に正対させる。より集中力を高めて、何かを探れないか。魔力をこめて探索の力を強めてみたけれども、得られるのは同じ、異様な穴が生まれたことだけだった。


「誰か見つけたの?」


 エフミシアさんが横で臨戦態勢だった。


「人ではないのですが、奇妙な現象がありました。距離は多分、日が傾くぐらいにはつく距離かと」


「そうなると簡単に行って帰ってくる距離じゃないね。野営道具を片付けてから移動しないと」


「いや、まずは僕が様子を見てきます。問題がありそうなら途中で引き返してきますから」


「どうして? ひとりで行動するのは危険極まりない。ヒペオなのだから。瘴気は出るし魔物は出るし人間は出るし、あらゆる危険を想定しておいたほうが良いに決まっている」


「それはそうなのだけれど、今回は人や魔物とも違う反応で。何となく、一緒に行く必要はないかなと思う。多分土地の問題だから、それを確かめに行くだけだから」


「……分かった。少しでも危ないと思ったら戻ってきなさい」


 エフミシアさんはすると、僕の頭をわしゃわしゃと乱暴になでてきた。それからエフミシアさんが野営の方へ戻る時、しっぽを僕に当ててきた。膝小僧から太ももを撫でる尾の先は冷たい上にくすぐったかった。


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