冒険者狩り
エフミシアさんと僕がたどり着いたのは、警察団の詰め所からはるか数時間の、とにかく広い荒野だった。僕たちはこの場所、誰の救援も望めないような場所で人間を待ち受ける。
今朝の光景が何度も繰り返された。ベッドで僕の隣で寝息を立てていたトバスの安心しきった顔。聖地を目指す冒険者たちにも同じような存在がいるのだろうか。聖地に入ってしまえば、きっと、その顔を二度と拝めなくなってしまう。だから守り抜かなければならない。
エフミシアさんも一緒だ。ロジ主任はエフミシアさんを警察団に置いておいて、僕一人を斥候に回す考えだったらしい。けれどもエフミシアさんは全く引かず、それどころか凄まじい剣幕でロジ主任を黙らせたらしい。以前僕をカードに誘ったドラコがヒソヒソ声で教えてくれた。
「それじゃあ、まずは野営の準備からでしょうか」
「そうなのですが、先に索敵をやっても良いですか。来たばかりなので状況が分かっていないというのはまずいかなと」
「設営は私がやっておきます」
「ありがとうございます」
新しい弓銃を手にして僕はエフミシアさんの元を離れる。
何となく気まずかった。エフミシアさんから触れてくることはないけれども、心なしか口数が少ない。心当たりはある。僕が気まずく感じている理由でもあった。あんなに冷たい表情を見たことがなかった。
荒野と、見える森林地帯を一望できる箇所で片膝を立てる。銃を向けて弦を張れば、そこには真っ白な輝きが生まれた。幾度となく魔力を込めていった結果、青白い弦が白くなったのだった。
弦と同じように矢も白い。しかも以前の矢と比べ物にならないくらい太くて長い。特に太さはすごかった。長さはせいぜい二倍から三倍程度だが、太さは十倍でも足りないくらい。先代が細かったという点もあるだろうが、それにしても太い。以前と同じ力加減であるにもかかわらずこの差だ。
矢は十本。間に薄い魔力をまとわせるのを忘れずに。
引き金を引く。
十の矢の発射音は鋭い剣を振り下ろしたかのようだった。一瞬のうちに魔力の膜が前方いっぱいに広がる。樹木の生命力、瘴気の濃淡、地面から漂う魔力の濃淡、風、熱。膨大な情報が僕に集められてゆく。
思いもしない情報量の多さに頭が痛くなった。弦を張ったり空撃ちしたりは何度もしていたが、実際に矢を放つのは初めてのこと。これほどの馴染み具合だとは思ってもみなかった。
一方はヒペオの旧市街に向かい。一方は森の向こう側へ抜ける。探知距離も段違いだ。
情報量の多さには頭が焼けそうになるが、対照的に矢の扱いは簡単だった。さほど気を割かなくても勝手に広がってゆく。勝手に進んでしまうのが情報量の多さに繋がっているかも知れないが。
膨大な情報量に慣れてくると雑念が湧いてくる。トバスの柔らかい肌とエフミシアさんの怖い顔が互い違いに出ては消える。昨日の今頃までは全く考えたことがなくて、トバスに感情をぶちまけられたときはどう答えればよいか迷ってしまったが、一線を越えたらどうってことはなかった。何もかもが自然に進んだ。
エフミシアさんには悪いことをしてしまった。酒瓶を持ってきていたところ、トバスを歓迎しようとしてくれていたのだろう。でも泣きじゃくるトバスを前にしてタイミングを見失ってしまったのだろう。どこかで埋め合わせをしたいところだが、いかんせん土地勘がなかった。
矢の情報に意識が引き戻される。それぞれバラバラな方向からの情報だった。
一つは森の中。三人組が歩きでこちらに向かってきていた。距離はここまで一日ぐらいのところ。先代のものでは信じられない探索範囲だが、それだけではなかった。男性が三人の体制。魔力の雰囲気まで伝わってくる。細いながらもピンと張っている感じ、弱っている様子はないが、どれも魔法を使うような性質ではなかった。
そしてもう一つ。ヒペオの瘴気の中。二人組だ。動いていない。おそらく、地面に倒れている様子だった。どうも水の中に半身がつかっているようである。魔力の雰囲気は弱々しく、不安定で――途絶えた。幸いなのか、魔物には成り果てていなかった。
――痛いよ、助けて。
久々に聞く声が伝わってくる。意外なのは、僕の耳に直接届くような感覚ではなく、矢を伝って声が入ってきたからだった。
「痛いって、何に」
気がついたときには問いかけていた。
――体から煙が出てくるんだ。煙が出るときは体がちぎれるように痛いの。
「黒い煙? それは煙じゃなくて瘴気っていう、悪いものだ」
――じゃあ、僕は病気ってことだね。だからここに置いていかれた。
「置いていかれた? 誰に?」
――知らない人。でもノグリとすぐに離れ離れになって、僕はここに。知らない人は近くで横になって動かなくなった。
「待って、どうして僕の名前が出てくる?」
――だって――
「ノグリさん? 何か収穫はありましたか」
エフミシアさんの言葉に魔法が切れた。幻の声とのやり取りに集中していたせいでエフミシアさんの声にびっくりしてしまった。入り込んでくる情報が途切れたからだろう、頭の中から何かがドロっと流れ出るようなだるさが頭に広がった。
「はい、歩いて一日ぐらいの森の中にパーティがいます。それと、もうすでにヒペオに入り込んだ二人組がいたようですが、死んだみたいです」
「そうですか。もうそれほどまでに近づいてきているのですね」
「まだ距離はありますが、警戒は怠らないほうが良いですね」
エフミシアさんは僕のそばで戦斧を地面に突き立てて森を見ていた。僕が指摘した方向である。しかし関心をすぐに失ってしまったのか、森から顔を背けた。僕からも目をそらしているように見えた。
刹那、昨日の顔をエフミシアさんに見つけた。
「昨日のことですが、すみません、トバスを歓迎しようとしてくれたのですよね。変なところを見せてしまってすみません」
「謝らないで」
「ですが、そんな表情をされてしまうと」
「だから謝らないで。謝られれば謝られるほど惨めに感じるから……すみません、森の方を見てきます」
戦斧を持ち上げたエフミシアさんは小走りで森の方へと向かってゆく。
エフミシアさんの有無を言わさない態度と言葉が僕に刺さる。どこかで失敗してしまったのかも分からない。
エフミシアさんが戻ってくるまでの間、索敵のことを忘れた。エフミシアさんにどう伝えれば良いのか、ひたすら考え続けた。




