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少し人間を辞めたらしい

 僕に抱きついたまま寝息を立て始めたので、僕の横に座らせてから眠らせた。寝ぼけていたのだろう、横に座らせてからも当たり前のように膝枕をしてきた。


 話し相手がいない車中となると、できることもそう多くはない。しかも少しでも変に動いてしまえば眠りを妨げることになってしまう。


 僕が手に取るのは新しい弓銃だった。トバスの頭の上で持つような形になって危なっかしかった。まだこの大きさに慣れていない。片手で十分扱える大きさだったものが急に二回り以上大きくなって、片手ではしんどすぎて持っていられなかった。


 肩に銃床を当てた。あてもなく狙いを定めてみる。片手で扱うよりは確かに安定はしている。使ってきた矢の大きさでは役不足だろう、もっと大きな矢を作るようにしなければ。


 ヒペオの戦闘で巨大な矢を放つ姿を思い出す。鉄の塊を飛ばすような攻撃。あれは圧巻だった。


 僕の中で膨らむ想像。しかし僕は知っている。あれは僕のやり方には合わない。首を振ってイメージを払った。


 たとえ武器が変わろうと僕のやり方は変わらない。魔法の網で見つけて、一つ、針の穴を通すような鋭い一撃で決着をつける。それだけだった。


 しかし、だ。いくら僕のやり方が変わらなくとも、遥かに重くなった武器に耐えるだけの腕を作らなければならない。僕の魔力に弓銃を馴染ませなければならない。


 馬車の窓にうまく弓銃の弓の部分をを引っ掛けて重みを分散させる。かつての相棒にしていたように魔力を込めた。イメージは弦。ピンと張った、青白い一筋の光。


 弓の端と端から弦のかけらが生まれるものの、そのかけらが結ばれるよりも前に霧散してしまう。


 先代にも同じ時期があった。最初のうちはまともに弦を張ることができなかった。弦のかけらすら出てこなかった。その時はパーティのみんなに笑われると嫌だと思って、一晩中魔力を込め続けた。


 今回はすでに弦を生み出すことができている。ならば、今日の目的地につくまでには形になるかも知れない。


 そう考えていた僕は、魔力だって体力と同じように使えば動けなくなる、というのを忘れてしまったのか。晴れていた空がいつしか曇りに移ろって、ついには雨が降り始めた。その頃には銃を構えられなくなっていた。思っていた以上に魔力を消耗してしまっていたのか。


 いや、単に腕力だ。力を失った腕の先で、弓銃の弦がピンとはられている。それだけではなく、時折弦を引いたり戻したりを繰り返す。


 延々と魔力を込め続けられるほどの量と同じぐらい、体力や腕っぷしがあれば良いのに。運動だけはどうしても成長しなかった。パーティの中でも僕は移動で遅れがちだった。どうして傭兵なんて、冒険者なんて、と言われたら何も言えない。とにかく、僕は弓銃という誰にも見向きもされない装備で食いつないできたのだ。


 太ももの上がもぞもぞする。


「えっと……ごめんなさい、いつの間にか寝ちゃったのね」


「まだ調子が戻っていないのだからしょうがないさ。気分の方は大丈夫?」


「さっきに比べれば落ち着いたけれど、ごめん、ショックでしばらく立ち直れないかも」


「でもトバスが自らの意思でやったわけじゃないって知れたから、僕としては気が楽になった感じ」


「ありがとう。そう言ってくれると私も救われる」


 体を起こしたトバスの頬には網目が写っていた。昔、まだ子供だった頃に似たような光景を見た覚えがあった。みんなで昼寝をして、目を覚ませば皆が皆どこかしらに跡を作っていた。それをからかい合ってはしゃいでいた。


「トバスのほっぺ、跡がついている」


「え? 本当? ちょっとこっち見ないで」


「じきなくなるから気にしなくたって良いじゃないか」


「良くないよ、みっともない!」


 懐かしい気持ちが心地よくて。どうってことないことにドタバタするトバスが可愛らしく映った。


 言葉が途切れた。からかうのも彼女の表情に見入って続かなかった。はたと次の言葉が浮かばなくて。体の中で温かな心地よさに言葉はいらなかったが、何か、話しを続けたほうが良いような感覚もあり。


「そう言えば、新しく買った」


 一切の脈絡もなく、床に立てていた弓銃をももの上に置いた。魔力は依然として絶やしていなかった。弦を引き絞って、存在しない矢を放つ。その繰り返し。


「実はちょっと気になっていたの。前のはどうしたの」


「どういうわけだか爆発しちゃって」


「あれでしょ? ノグリが最初から使っていた道具でしょ。だいぶ年季がはいっていたもの、寿命だったのでしょう。で、今度の魔法具も似たようなもの? 前に比べるとかなり大きいようだけれど、大丈夫?」


「腕を鍛えないとまずそう。でも、こういうのって全然売っていないし、ものも悪くなかったから後悔はしていない。まだ魔力がなじんでいないけれど、もう弦も引けるようになったから、魔法的には大丈夫かな」


「魔力をなじませる? そんなことをしないと動かない魔法具もあるのね」


「こんなものだと思っていたけれどなあ。最初はまともに使えないでしょ。慣らして初めて使えるようになるものじゃないか」


 トバスが空撃ちを繰り返す弦をじっと見下ろした。言葉を続けるわけでもなく、急な発見でもあったのだろうか、まじまじと見入っている。


 僕も黙った。トバスの動向を見守るだけ。弓銃を一点見つめる理由が明らかにされるのを待つ。


 ややあってから。


「ねえ、魔法石はどこにあるの」


「魔法石? 何それ」


「魔法を使っているってのに魔法石を知らないの? 今までどうやって魔法を使ってきたの」


「いや、こうやって」


 指差す先には青白い弦である。間違いなく僕が魔力を使って動かしている。


「じゃあ、ちょっと私に貸して」


 銃の持ち手から手を離してしまえば、たちまちに弦が消えてなくなる。向きを変えて銃床をトバスに向ければ、それを両手で受け取った。


「思ったより大きいのね」


 トバスはそう口にしながら、いろいろな方向に動かして弓銃を見て回ったり、思い思いの形で構えてみたりをした。雰囲気的に魔力を込めているふうに感じ取れるが、弦が張られる様子はなかった。


「ねえノグリ、これってどこで買った?」


「武器屋だった。金物屋も兼ねているみたいだけれど」


「……これ、絶対に魔法具じゃないわ。魔法石も見当たらないし、中に埋め込まれていると思って力を込めたけれど全然反応しないし、むしろ私が使っている方の魔法石が反応しちゃっているし」


「でも、こうやって使えているよ?」


 トバスから銃を取り上げて魔力を込めればほらこの通り。弦を張るのみならず引くことも撃つことも。長々と繰り返してきた動きを繰り返してみせた。


 トバスはどういう反応をしたかと言うと、額に手を当てて天井を仰いでしまった。


「ねえノグリ、あまりこう、武器の話ってしたことないからみんな普通だと思っていたけれど、全くの誤解だった。ノグリ、ノグリがしていることはありえないことよ。魔法石もなしに、道具に魔力を込めて思い通りに使うなんて」


「今まで全く意識したことなかったよ。何もなくても魔法は使えるし、そりゃあ大した力は出せないけれど。みんなできるものじゃないの?」


「普通はできないよ。魔法を使わない人ならともかく、頻繁に魔法を使う人なら魔法石なり魔法石を埋め込んだ道具を使うもの。私は首飾りを使っているけれど、私にとっての首飾りが鉄砲みたいなやつかなと思っていたのに」


「そう言われても、僕にとってはこれが当たり前だったし」


「ねえ、いつから人間辞めていたの? すごいじゃない」


「辞めてないし。まだ人間だし」


 エフミシアさんから『ドラコっぽい』とは言われたものの、僕は人間だ。まさかトバスからも言われるとは思わなかったけれど、それでも僕は人間だ。


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