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私達は知らない

 延々と眠り、ふと起きたかと思うと僕では絶対に残してしまうほどの料理を一気に平らげ、フラフラと寝床に戻る。また眠り、覚めては貪り。


 その繰り返しだった。まともに動けるようになるのは二日経ってからだった。ロジ主任とエフミシアさんはすでにヒペオへ出発していた。


 僕はその間していたことと言えば、頼んでいた弓銃を取りに出たり、警察団に顔を出して情報交換をしたりするぐらいだった。残りの時間はずっとトバスのそばにいた。


 心配だったし、何より、目が覚めたところに誰もいないのは寂しい。僕にはエフミシアさんがいつもいてくれたから心強かった。


 トバスに今後のことを切り出したのは、昼食をとっているときだった。その頃には顔色もすっかり良くなり、何より、着ている服が信じられないほどきれいになっていた。


 これでこそトバスである。


「ねえノグリ、何回も質問して悪いのだけれど、本当に聖地へ向かうのよね?」


「そう、とは言っても、これから向かうのは新新市街の方だけれど」


「新新市街? 新市街っていうものじゃないの?」


「僕が初めてヒペオのことを聞かされたときと似た反応だ」


 口でこそ僕の方を向いてくれているが、彼女の体は窓の外を向きっぱなしだった。窓から見える景色には僕たちが育った環境ともさほど違いはないように見えるが、トバスの眼差しはあたかも新しいものを見たかのように熱かった。


「ずっと外を見ているけれど、そんなに珍しい? 僕には珍しい感じがしなかったからあまり意識していないのだけど」


「トバスと同じ場所で育ったのだから私だって同じよ。ただ、森の中に知った顔がいないかなって思って」


「見つけたらどうするの?」


「何も。あ、あの人誰それじゃない、で終わり」


 トバスの発した言葉が歯に挟まったような感覚をもたらして気持ち悪かった。トバスのそばにまだ、ドードたちの姿がちらついているように見えた。


「ねえ、本当に良かったの? こっちに来て」


「ノグリは私に来てほしくなかった?」


「そんなつもりでは言っていない。ただ、こっちに来る理由もないじゃないか。ここはドラゴンの国、僕たちの知らないことだらけだよ」


「やっぱりノグリ、私に来てほしくなさそうな言い方してる」


「いや、その――ごめん、僕はただトバスのことが心配で」


「私だって心配だもの! 気がついたらいなくなっていて、でもみんなまるで始めからいなかったように振る舞っているし、私が言っても変な顔しているし」


 やばい、考えてもいない展開だ。窓からがばり振り返るトバスは下まぶたに涙をためてしまっていた。


「ノグリがいなくなって、私、心細かったのだから」


「ごめん、僕も気が回らなかった。この話はもうやめにしよう」


 けれども、聞き捨てならない証言がふっと耳に入ってきた。


「それで、聞きたいのだけれど、あの日のことを覚えていないの?」


「あの日っていつのこと」


「僕が襲われた日のこと」


「襲われた……え、本当にいつのこと?」


「僕がいなくなった、って言っていたでしょ。その前の夜のこと」


 人差し指で涙を拭ったトバスは腕を組んだ。しばらくそのままの姿勢で固まって、そうしてから首を傾げた。


「確か、みんなでお酒とご飯を食べていて、それから……気がついたら部屋で寝ていて、みたいな」


「あの日は確かにみんなで食事をしていたね。で、なんだか妙に盛り上がってみんなお酒をたくさん飲んで。その後のことは、覚えていないってことか」


「お酒のせいかな? あそこのお酒は甘くて美味しかったからね。ついつい飲みすぎたのかも」


「じゃあ、みんなして僕を襲ったことは覚えていないと」


 トバスがまさに言葉通り固まった。人がいきなり銅像になったよう。僕を見て微動だにできないでいた。思考停止、僕の告げた言葉が理解のはるか上だったのか。


「私達が襲った? ノグリ、そう言ったの?」


「ドード、メイフェル、グコール、トバス。それだけじゃない。あの街にいたその他大勢も。僕一人に襲いかかってきた。あれは冗談とかそういう世界じゃなかった。本当に殺そうとしていた」


「嘘でしょう? 私達がそんな、ねえ、冗談じゃないの……?」


「あんなことがなければ、僕はドラコの世界に来ていないよ」


「じゃあ、ノグリがいなくなったのは、私達のせいじゃない。なんてことを、ごめんなさい。私、いつの間にかノグリにひどいことをしてしまった」


 座席から転がり落ちるようにして僕に抱きついた。僕にすがるようなトバスの姿は見ているだけでも心を締め付けられた。ぐるぐると表情が移ろいながらも結局は泣いてしまうトバス。彼女の触れているところに感じる震え。彼女が発するぬくもりよりも強く感じる、震え、冷たさ。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 ひどく不安定にさせてしまった。もう少しマシな問いかけ方があったのかも知れない。普通に接することができたから、心と体を消耗してこの馬車に乗っていることを忘れてしまっていた。


 もう少し、休ませたほうがよい。


 とは言え、大きな収穫を得ることができた。あの日、あの街はおかしかったのだ。あれほど大々的なことをしていたのに『覚えていない』なんて普通はありえない。少なくとも、トバスはそういったことをする人じゃない。トバスは、記憶がなくなるほど飲むとケタケタ笑って寝てしまうのだから。


 ロジ主任の言っていた言葉がある。『どうしてイノセンタなんて言葉を人間が使ったのか』。


 今の僕なら言える。『誰が』みんなを僕にけしかけたのか。


 僕のまだ知らないことが渦巻いている。


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