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野宿、浄火

 ドラゴンの領域に来ての野営、思い返してみればお初だった。


 着の身着のまま、天井は星空。目の前の焚き火の炎が揺れるのをただずっと眺めるばかり。手の込んだ料理はいらない。パンや肉を直火で炙るだけ。それで十分だった。


 とは言え、すぐ近くにはエフミシアさんたちの詰め所がある。寝袋や布一枚の天幕は詰め所の備品だった。一本の鉄棒を突き立てて、そこに天幕をかぶせただけ。ロジ主任は食事も持ってくると言っていたが、久々の野営ということもあり、素材だけもらうことにしたのだった。


 つい先程までエフミシアさんが僕のところに来て話をしていたが、今はもう詰め所の中である。ほとんどの団員は寝ているのだろうが、誰か夜ふかしをしているのか。ほんのりと明るい部分が一箇所だけ残っていた。


 寝袋は枕代わり。寝そべれば空から星が降ってくる。


 戦闘をしていた時の嫌な寒さと湿気はもうどこにもない。あるのは肌触りの良い空気と、気持ちが静まる火焔だった。


 僕はヒペオ、聖地と言われている場所にいた。


 ドードに襲われたあの時、このようなことになると誰が想像できたろうか? ドラコの領域に足を踏み入れるなんてもっと先の話だと思っていた。もっと殺伐とした、恐ろしい世界を想像していた。


 ところが一体。


 先人はどこで何を間違えたのだろうか。大して変わらないじゃないか。そりゃあ、ヒトでない姿になるのは決定的に違うけれども、大事なのはそこじゃない。


 ちゃんとした意思がある。考えがある。


 話しをすることができる。


 『まともな意思疎通はできない』と書物に記した人物は誰から教わったのだろうか。僕のほうがまともな記事を書ける。あるいは、よっぽど個人的な恨みつらみがあったのか。


 先人の個人的感情で後世の価値観がしっちゃかめっちゃかになっていると想像すると滑稽だった。単なる個人的感情のもつれのはずが、今や種族の断絶だ。


 ヒペオも同じようなものだ。人間にとってはここは守るべき聖地であり、人間の領土にすることが長年の悲願のようなところがある。言い伝えや伝承、教会での説教。僕は教会にはほぼ行ったことはないが、おぼろげながら覚えている内容では、間違いなくヒペオを礼賛していた。聖地を『奪われた』地としていた。


 こんな土地の惨状を見て、取り返す価値があると思っているのか。手にしたところで瘴気の源、ずっと瘴気と新鮮な魔物を相手にし続けなければならない。悪いところしか目に入らない。


 瘴気。


 どうして僕は野宿をすることになった? 森の中の件とは状況が違うはずなのに。エフミシアさんやロジ主任が立ち入れる場所での戦闘だった。当然淀みの核から離れた場所のはずである。


 にもかかわらず、僕は瘴気だまりになって、エフミシアさんを変異させた。僕が放つ瘴気はどこから集められたのだ?


 弓銃も粉々になってしまった。早いうちに新しいものを調達しなければ。


 何の気なしに、懐の中をまさぐってみる。ゴツゴツとした感覚だけで石と分かるそれは、治療院でロジ主任に渡されたものだった。


 核。当然、戦闘をした場所にそれらしいものは見当たらなかった。黒は黒でも、見たことのない澄んだ黒色。石のように見えたが、石にはない透明感。


 懐の石を手にとって焚き火にかざした僕はぎょっとした。


 気のせいかと思って一度、懐に戻して空を眺めた。


 そうしてから炎の先端が揺らめくのをしばし眺める。火の色の濃淡、光。時々薪がはぜた。


 さて、もう一度石を取り出して眺めてみる。


 僕の手の中には、先ほどと変わらず黒く淀んだ石。確かに僕が見た時の石は石とは思えない透明感と質感があった。なのにこの石は。別の石が入っていたのではないかと考えてしまってもおかしくなった。


 懐の中にはもう何もなかった。どす黒く曇った石こそが、紛れもなくあの石だった。


 手の中から黒い煙のようなものが溢れている。決してたくさんではないが、渦を巻きながら下に落ちてゆくそれは頭を使わなくとも悪いものだと判別がつく。


 僕を襲った人型の煙。


 詰め所に押しかけた大量の黒い煙。


 瘴気だ。


 石をどうにかして処分しなければ、と考えるのが普通だろう。だがきっとその時点で何かおかしくなっていたのだろう、僕が考えたのは、『瘴気をなんとかしなければ』という少し道を違えた発想だった。いや、間違ってはいないけれど。


 何かがおかしくなってきていた。そう、『炎』を使うのにあまり抵抗がなくなっていた。今日の戦闘がきっかけ? 最初に知ってから徐々に毒されてきた? 変な毒でも体に入れてしまったか?


 とにかく、炎があれば処理できる、と『分かって』いたのだ。


 想像は簡単だ。手のひらの中にある瘴気の塊を焼いてしまえ。小さな炎、でも石を包み込みには十分な大きさで。


 手のひらの上に炎が踊る。焚き火の橙色と打って変わって、真っ白な炎。水面に光が反射しているような輝きさえ見て取れる。まじまじと眺めてみれば、これは本当に炎なのだろうかと思えてくる。炎の姿をした別物、という可能性は。熱くもないし。


 何もかも不明。でも、ちゃんと使えているっぽいことは確実。


 手のひらの揺らめきをぼうっと見つめていたら、先端が大きく揺らいだと思った途端に勢いを失った。強さがぶり返すこともなく、あっさりと消えてしまえば、代わりに現れるのは初めて見る石だった。


 黒いが、少し透けているような印象の石であれば見たことがある。しかしこれはどうだろう、黒い色合いはかすかに残っているが、向こう側にある火が透けて見えてしまっているではないか。


こんなきれいな石を見たことがなかった。


 燃やしたからか。黒かったのは瘴気? 瘴気を燃やしたから、石から瘴気が抜けたのか。ということは。


 僕の好奇心はいよいよ僕そのものを燃やす想像をかきたてる。


 またたく間に包まれる炎は、焚き火で放たれる熱よりも穏やかで、心地よかった。


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