囲まれる
すぐに距離をとったのが幸いした。
数分でエフミシアさんの脚が元通りになって胸をなでおろした。しかし、エフミシアさんが回復するのを待っている内に団員が僕を取り囲んでしまう。中には近づきすぎたのだろう、変異しはじめるヒトもいた。
近づきすぎるドラコをエフミシアさんが引き離す。
僕を見る目は怖かった。危ない行為に怒っているかもしれない。それとも、数多の戦闘をしてきた団員でも恐怖に陥れてしまったのか。彼らの表情は、しかし曖昧だった。何か言いたげ、だが触れることができない。
おそらくはこの状況を作った張本人の僕、ところがどっこいその本人は実のところ全く状況を把握していないときた。僕から言い出すのはとても申し訳ない気持ちしかなかったが、でも、きっかけがないと何も見えてこなかった。
「その、何が起きた、のでしょうか」
「ノグリさんがやったことじゃないですか」
「僕、よく分からない魔法を使ってしまいました。イテテ」
「私見ましたよ。ノグリさんが光り輝く矢を放ったかと思えば、爆発音と共に視界が真っ白になって。気がついたらいなくなっているのですよ、魔物が」
「それが、僕には何が起きているのか分からなくて」
「あれが治療院で話していたやつですか」
「それとはまた違う感じなのですが……それよりも大丈夫でしたか。すごい爆音と衝撃で、すみません、怪我をさせてしまったかも」
「そんな! 確かに音と光はすごかったですが、衝撃なんて何もなかったですよ。あの魔法でそんなに怪我をするものなのですか? 森の中ではこれといった怪我をしているふうには見えませんでしたが」
周囲は置いていかれたままだった。僕とエフミシアさんとだけしか通じない言葉でのやり取りだった。僕とエフミシアさんを目で追う団員。説明をしないと気まずい。けれどもどう説明、釈明すれば良いのか。
そんな中、拍手で割って入るは主任だった。
「いやあ君、なんともまあすごいことをしてくれたね」
「すみません、みなさんがいるのにあんな危ないことをしてしまい」
「ノグリくん、勘違いはいけないぞ、と、おっとこれ以上は近づかないほうがいいな。君は部隊に貢献してくれた。あの一撃がなければ何人かはヒトの姿を失っていたかもしれないからな。状況は短いに越したことはない」
ロジ主任は背後の誰かを呼び集めて、
「彼の怪我を治療してやれ、これ以上近づきすぎるなよ。特にリーシェはタコみたいになって動けなくなるのだから」
と指示をしていた。僕の前に現れるのは、戦闘のときに後方で聞いたことのない歌を歌っていた二人だった。
「さて、ちゃんとした紹介はまだだったな。こちらはノグリ、少し前から我ら異形部隊の一員として動いてもらっている。エフミシアが拾ってきたのだが、訳ありで人間の元から逃げてきた」
「ロジ主任、それを言ってしまったら」
「なに、その程度のことで慌てるような連中じゃない」
僕の怪我を治す魔法の気配からも動揺が感じられる。ロジ主任は平気で危ないことを言ってのける。周りのどうしようか決めあぐねていた目にも、値踏みする光が宿った。
「ノグリくんは意味不明な力を使うが、本人は人間だ、お前らほど頑丈にできていないから丁寧に接するのだぞ」
周りの目がロジ主任から僕に向けられたような気がした。心が落ち着かなかった。
「ロジ主任とエフミシアさんに助けてもらって、今ここにいます。迷惑はなるべくかけないようにしますので、よろしくお願いします」
「それじゃ、また監視と待機。二人は帰還の準備をしておけ。解散」
ロジ主任が魔法使い二人の肩をたたいたかと思えば、頭上で指を鳴らす。どうしてだろう、小気味良いラッパの音があたりに響いた。
どうも終わりの合図だったらしい。音楽がなった途端に僕を囲っていた陣形が崩れて、それぞれ別行動になった。中には僕に迫ってきて、
「人間と会うなんてはじめてだ、一杯やりながらカードでもやろうぜ」
と誘ってくるドラコがいたぐらいだった。顔がヒトのそれから馬のような姿に変異しているのも気にしないで。急な誘いに、しかもヒトでない姿になっていることを全く気にしていない様子に当惑していると。
「お前ノグリくんを困らせるな。それと今のノグリくんには近づくんじゃない。危険だぞ」
ロジ主任の仕業か、ボールが馬面の側頭部にぶつけられた。ボールはどこから出てきた?
「ノグリくん、悪いが今日は野宿にしてくれないか。理由は分かるな? 必要なものがあればある程度のものは用意できるから、エフミシアにでも伝えておいてね」
ロジ主任は詰め所に戻りつつ、振り向くことなく僕に手を振るのだった。