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発せられた辞令

「さて、研修は大詰め。実際にここで仕事をしてもらうよ」


 二階の一室がロジ主任のための執務室らしく、僕とエフミシアさんはロジ主任の『もうひとゲーム』のあとに集められた。どれも簡素な作りのように見えて、エフミシアさんが自作したという家とあまり変わらない印象だった。


「まあ私の中ではね、移動中の出来事で十分能力を示してくれているから研修は終わりなのだけれどね。慣らし期間ってやつかな」


「ここでは何をするのですか」


「見ての通りここは机に向かって書類仕事をするような場所じゃない。監視・休養・駆除。ここで求められる仕事はこの三つだけ。ノグリくん、君には早速仕事に入ってもらいたい」


「魔物を倒す、ということですか」


「それもあるかな。冒険者だった君なら勝手知ったる、でしょ?」


 簡単に言ってのけるが、ここは危険地帯と聞かされている以上、勝手なんて知ったこっちゃなかった。知らない場所でどうやって勝手を知ればよいというのだ。


 無茶振りを食らう感じ、相変わらずである。


「最初は監視からが良いのではないでしょうか」


 ロジ主任に意見するはエフミシアさんである。


「移動中の先頭の際も、ノグリさんのおかげで先手を取ることができました。知らない場所でいきなり駆除をするよりも、監視や索敵であれば周りを見ることもできますし」


「それも大事だけれど、ノグリくんにはもっと大きな仕事を任せたいんだよね。旧市街に向かってほしいのだよ」


「旧市街って、何を言っているのですか」


「言っただろう? 私の中ではね、研修は終わっているの。これから言うのはノグリくん、君の任務だ。魔物を排除しつつ、『旧市街』に到達する。旧市街の現状を探る。いいね?」


「ロジ主任、無茶です!」


 僕が反論するよりも早くエフミシアさんの口が動いた。僕程度の知識でも旧市街は嫌な匂いがするのだから、おそらくはエフミシアさんはもっとひどい感覚に陥っているのだろう。


 初めて聞くほどの激しい口調だった。


「旧市街なんて危険地帯の中の危険地帯ではありませんか。ドラコでも旧市街にたどり着けたヒトは数えるほどしかいないと聞いています。それも何年も前、私が警察団に入るよりも前! しかもヒトの姿を失って、ほとんどの人が狂ってしまったのでしょう? そんな場所にノグリさんを送り込むなんて、殺したいのですか」


「すぐに達成しろ、なんてことは言っていないよ。これはノグリくんの大きな目的地。治療院での話を聞かせてもらったけれど、ノグリくんほどこの仕事ができるヒトなんていない。そうは思わないか?」


「あの話を聞いてどうしてそんな考えができるのですか。ノグリさんは確かに生還しましたが、次も同じようになるとは限らないじゃないですか。何より分からないことだらけです。たまたまだったかもしれないじゃないですか」


「でも、うまく行くかもしれないだろう? 私はノグリくんの力を信じたい」


 僕自身が白い炎のことを分かっていないのに。妙な期待をされてしまってはいないか? ただ魔物を倒すのであれば、相手の強さ次第もあるけれども、それなりにこなせる自負はある。けれども、未知の場所で未知の魔物を相手にするのはわけが違う。


「正直、僕も自信がないです。このあたりのことは全く分かっていないので、僕の腕が通用するかどうかも」


「ノグリくん、私は言ったぞ? すぐに旧市街へ行けと言っているわけじゃないのだ。これは大きな目標。たどり着くまでにはそれ以外のいくつもの目標を超えなきゃいけない。このあたりのことを分かるようにするのも小さな目標の一つだよ。鍛錬だって目標だ」


「いつまでに攻略しなければならない、といった条件はありますか」


「ない。急いでできるようなものでないことは誰もが分かっているからね。まずは他の団員と同じように監視と駆除にあたって慣れるのが目下の目標」


 周囲の警戒と、実際に魔物と対峙してゆけば、次第にこのあたりのことも分かってくるはず。でも、瘴気のことが分からない。森の中のあれはまぐれだったかも。ちょっと間違えていたら僕はこの場にいないのだ。


「瘴気のことに詳しい人とか、調べられる場所はありますか」


「ここにはないが、心当たりがある。そこにあたってみよう」


「分かりました。では」


「ちょっとノグリさん、本気なの?」


 エフミシアさんらしくない乱暴な振る舞いだった。僕の方を掴んで引き寄せる。両肩を掴む指先が僕の肩にじわじわ食い込んでゆくのだ。普段から戦斧を奮っている手だ、僕の力では逃げることができない。


「進んでやるドラコもいないような仕事だよ、ノグリさんがやる必要なんてないです」


「いや、良いのです。僕はエフミシアさんやノグリさんに良くしてもらっています。だから、そろそろ僕が頑張る番ではないでしょうか」


「だからって、こんな危険なことに首を突っ込まなくても」


「それに、何かに没頭していれば、余計なことを思い出さなくて済む気がするので」


 エフミシアさんの表情は変わらず厳しいものだったけれども、わずかに力を失った指先がエフミシアさんの気持ちを物語っているように思えた。本当に心配してくれているエフミシアさんは頼もしくて仕方がない。


「何か困ったことがあれば、エフミシアさんを頼ります」


 僕は肩の手を手に取り、両手で包み込んだ。女性なのに僕よりも大きな手はひんやりとしていた。


「だから」


 大丈夫です、そう言おうとした。


 だが、強烈な悪寒が僕の言葉を許さなかった。ひどく嫌な感覚だった。腕は鳥肌でぶつぶつになるほどである。エフミシアさんの表情が一変したところ、同じものを感じ取ったのだろう。


 部屋中にけたたましい笛の音が響く。


「話はあとにしよう。急ぎの仕事だ」


 わざとらしく僕とエフミシアさんの間を通ってロジ主任は部屋の出口へ向かった。


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