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閑話:心を開かない馴染み客

 アントワーヌのロジが歩くのは、ヒペオの新々市街のとある建物の階段だった。階段、踊り場、折り返してまた階段、というのをかれこれ六回は繰り返している。


 ノグリとの会話を済ませたロジが最初に向かったのがこの場所だった。


「全く、何の嫌がらせで魔法を無効化しているのだか」


 ロジの魔法の力であれば空間を一瞬で移動するなんてたやすいわけだが、この建物はそれが全く許されていない。いや、ロジだけが許されていない。ロジの横を数冊の本が抜かしていった。誰かに運ばれているようにも見えるが、しかし、あるのは本だけ。本だけが階段を進み、次の踊り場のところでドアを開けた。


 そのフロアにはこの建物の主がいる。ロジの目的の人物。


 運ばれていた本に続いて中に入れば、そこら一面に本が積まれていて、本棚は平積みの本に覆い隠されている惨状だった。通路だったであろう場所も本で埋め尽くされていて、まっすぐ進むこともできない。中には言葉通り斜めになっている本の柱もあった。わざわざ魔法を使って崩れないようにするのであれば、片付ければよいのに。


 本の道を進んでしばらく、目的に部屋にはスラッとした長身のドラコが本棚によじ登っていた。


「お嬢さん、木登りなら外でやってくれないか」


「何よガキンチョ、遊んでいるなら仕事してこい」


床から一メートルはありそうな高さからぴょんとひねりを加えながら降りれば、着地の際に大きく胸が弾ける。大きく揺れるさくらんぼはロジに対するあてつけか何かか。


 チッ、と舌打ちを打つのはロジである。


「いい加減この中で私の魔法を使えるようにしてくれないか? いい加減あの階段を上がるのはしんどい」


「だめ。ここに構築した魔法たちは繊細なの。ロジが魔法を使おうものなら大爆発よ」


「なら、お前の魔法で移動できるようにしてくれ」


「来客用にそういう魔法を用意しておくのも悪くないわね。考えておく」


 互いに握りこぶしをぶつけ合うと、互いに椅子に腰を下ろした。かろうじてテーブルの天板が見えているところに、どこからともなくグラスと酒瓶が浮遊してきた。


「それはあとにしてくれないか。仕事の中で確認したいことがあってだな」


「なに、私のところに来るのはたいてい暇つぶしか面倒事から逃げる時じゃないの?」


「とにかく、今は真面目な話だ」


「そ。で、何?」


 中空でグラスに酒を注ごうとしていた瓶がピタリと動きを停めたかと思えば、グラスと共にテーブルへ着地した。どこからともなく瓶の蓋がやってきて、長身の女の手の元へ。蓋を閉めてはくれないらしい。


「一つ、『淀みの炎』って言葉に聞き覚えはあるかい?」


「『淀み』はそこらじゅうで吐き出されている瘴気のことを指す言葉としてよく使われる。『炎』はヒトの文明の象徴だったり、力の象徴として扱われていたりする。どちらも古い伝承や文書ではよく出てくるものよ。でも、『淀みの炎』なんて組み合わせ、あったかしらねえ。調べてみるわ」


「魔術書の類なんかで調べてもらえると助かる」


「あら、ガキンチョもようやく魔法の奥深さに気づいたのかしら」


「やめてルフィ」


「分かったわよロー。一つ、ってことは他にも何かあるの?」


「瘴気の核に触れて何事も起きないヒトは存在し得るか。触れると自らも瘴気を放つようになるが、そのうち収まって、何の問題も起こさない」


「……興味深い話ね。核は瘴気を放っていなかったの?」


「はじめは放っていたのだろうね。けれど、そのヒトに触れたら、いつの間にか核はただの石ころに変わっていた」


「つまり瘴気を完全に無効化した? となると、歴史書よりは伝承のほうが取っ掛かりを見つけやすそうね」


 ルフィと呼ばれた女性はおもむろに立ち上がると壁登りの本棚を見やった。棚の隅から隅まで古めかしい本が並んでいて、見るからに価値がありそうだった。中には何もしていないのにガタガタうごめく本もいた。


 適当に一冊の本を取り出して中を眺め始める女性。ロジから告げられたキーワードをブツブツつぶやきながら書き記された言葉を漁ってゆく。凄まじい速度で紙をめくり続けていて、中身を読めていないような気もするが、どうも彼女はちゃんと読んでいるらしい。


 しかし、ロジの言葉に彼女は凍りつく。


「あと気になるのがさ。仮にだけれど、人間に瘴気が効かない、なんてことあるのかな」


 魔法で拘束されたか、あるいは金縛りに陥ったか。彼女の体が急にこわばったかと思えば、手元の本を落としてしまった。貴重な本だろうにもかかわらず、拾うこともしないで震えていた。横顔には汗が流れた。


 なにかに恐怖しているのは魔法を使わずとも用意に想像できる。口にしたキーワードは人間である。人間。彼女は人間という言葉に恐怖したのである。


「――なあルフィ、お前が行方不明になったあの一年間、やっぱり人間が関わっているのだろう? そろそろ私には話してくれても良いのではないかい。私は心配しているのだぞ。戻ってきてから二十年近く、こうやってろくに外にも出ないで本の中に埋もれている。現地調査の鬼とまで言われていたのに――」


「ごめんなさい、ロー。今日はもう帰ってもらって良いかしら」


 ロジの答えを待つことなく、彼女は魔法を発動させる。一瞬のうちにロジが椅子から消えてなくなった。再び現れる先は玄関口、ロジを強制的に退場させたのだった。


 部屋に一人残った女性は、酒瓶を掴み上げる。蓋を外すなり乱暴に煽り、酔いが回ってきたところでようやく本を拾った。


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