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ヒトでない

 言葉通り、急に息を吹き返したような。


 意識を取り戻した瞬間に感じた強烈な飢えと乾きは未だかつてないものだった。息をするにも喉がこわばって、つばを飲み込むのも不自由するほど。体の中に空洞を自覚できてしまうほどだった。


 目を覚ましたばかりの僕は、はじめ自身がどこにいるかよく分からない状況だった。少しばかり時間が立っても、やはり自身がどこにいるか見当がつかない状況だった。


 まず馬車の中ではなかった。見れば分かる。部屋だ。ベッドが一つと、椅子と小さなテーブルが一セット。それだけだった。


 ただ妙なのがその大きさだった。僕が横たわっていたベッドはやたら大きくて、縦に僕がもう一人横になっても余るぐらいだった。横に至っては四人ぐらいが横になれるほど。テーブルは高さに違和感はないものの、どうしてか、太い。椅子は背もたれがなく、丸太を切って置いてあるだけと言われても納得してしまう見た目をしていた。


 移動の中で横になったどのベッドからも逸脱したベッド。宿泊施設の客室とは思えないほどの殺風景さ。


 僕は本当にどこにいるのだろうか?


「ノグリ、さん?」


 体の中の空洞に染み入る感じだけでエフミシアさんだと分かるその声。どこにいるのかしらと見回してみれば、ベッドの足元の方にある出入り口からエフミシアさんがこちらを覗き込んでいた。


「エフミシアさん、ここはどこですか? 見覚えのない場所なのですが」


「良かったあ、もう目を覚まさないのかと思いましたよ。やっぱり私もついて行くべきだったのですね、私のせいで大変な目にあってしまったのでしょう。ごめんなさい、無理でもついていけばよかった。でも良かった、目を覚ましてくれて、本当に良かったです」


 壁にしがみつくような格好で立っているエフミシアさんは自分の言葉ばかりを連ねた。僕の問いかけがまるで聞こえていない。僕が知らない間に大事となっていたのかもしれない。


「すみません、状況が全く飲み込めていなくて。何がどうなっているのか教えてください」


「ここはヒペオの警察団が管理している治療院です。ノグリさん、あれから三日以上意識を失ったままだったでした」


「三日……そんなに経っているのですか」


「そうなのです。いくら待っても戻ってこないから探してみたら森の中で倒れていたのですよ。それからずっと。ノグリさん、一体何があったのですか」


「僕も状況が分からないことだらけだったのでエフミシアさんの知恵を借りたいのですが」


 話す前に、どうしても気になることができてしまった。心配させてしまったせいだろう、安心して力が抜けるのは分かるけれども。


「そろそろ部屋の中に入ってきてくれても良いのではないでしょうか。もしかして身動きが取れなくなっているとか、ですか?」


「いえ、そういうことではないのですが。その、ええと、ちょっと待ってください。心の準備が」


 こころのじゅんび。


「ええと、僕のそばへ来るのにそこまで気合を入れないとだめでしたか」


 考えてみば僕は人間である。エフミシアさんはドラコである。僕が気を失っている間に心境の変化があったのかもしれない。


「そんな! 違うのです。私個人の問題でして、その、ちょっと勇気が」


「馬車に乗ったり酒を飲んだ仲じゃないですか。大丈夫ですって」


「そこまで言うのなら……ノグリさん、びっくりしないでくださいね」


 壁から手を離してゆっくりと姿を表すエフミシアさん。その姿は食堂で見た自らの体を犠牲にした人々を連想させた。下半身がヒトのそれではなかった。


 彼女の姿を見た瞬間にひどい二日酔いとロジ主任の一撃を思い出した。曖昧な思考の中で目にした蛇の尾。


 ああそうか。下半身が蛇の姿。


 これがエフミシアさんの『ヒトでない姿』ってやつなのだろう。


「あの、私のヒトでない姿、初めて見ますよね」


「エフミシアさん、ちょっと言いづらいのですが。多分、初めてじゃないです。二度目ですよね?」


「え?」


「だって、初めてお酒を飲んで僕が倒れている時、エフミシアさんはその姿をしていたのでは?」


 少し頬が赤かった彼女の顔。頬の赤が見る間に広がってゆく。連想させるのはよく熟したりんご。いちご。炎。


「……な……」


「エフミシアさん、どうしたのですか」


「……みっともない……恥ずかしい……」


 両手で顔を覆い隠すと、僕に背を向けてしまうのだった。足元の蛇はとぐろを巻いていた。


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