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国境沿いにて

 森を切り開いた道を馬車が進む。地面の段差が尻をひどく痛めつける。


 まさかの聖地行きが決まってからから数刻と経っていなかった。ロジ主任の言葉にはずっと驚かされている。僕に聖地へに行って研修してこいと言いのけたかと思えば、外にいるエフミシアさんを呼び込んで、


「エフミシア、お前が人間くんの研修をしてやれ。今日の夕方にヒペオ行きの馬車を手配しておくから、それで向かうこと」


「私聞いていませんよ。え、ノグリさんを部隊に引き入れたのですか? 知らない場所なのだからこの場所でしばらく過ごしてもらっても」


「私が今決めた。お前だって久しくこの街の外に出ていっていないのではないか。お前も観光してこい。ついでに仕事をしてこい」


「観光なのか仕事なのかもよく分からないことを言わないでください」


とまあ無茶ぶりである。


 ただ、個人的にはエフミシアさんと一緒に行動できるのは運が良かった。何も知らないドラコと一緒にされて偏見にさらされながら過ごすのと、事情を知っているドラコと過ごすのでは全く違う。


 馬車はホロ馬車、乗客のは僕たち二人だけだった。後方の出入り口に当たるホロは端に寄せられていて、今まで進んできた道が見えるようになっている。すでに街の姿は見えなかった。どれぐらいのところを進んでいるのであろう?


「目的地まではどれぐらいなのでしょう。それなりに進んできたように見えますが」


「今日の目的地まではまだかかると思います。以前行ったときは、もっと暗い時間帯に着きましたから。ヒペオまでは順調に進めば五日ですよ」


「なかなかに先は長いですね。ヒペオという場所はどういう場所なのですか。僕は『聖地』としか知らなくて」


「あの、ノグリさんのところでは、聖地というのを悪い意味で使うのですか」


「言葉通りですよ。神聖な場所、悪い意味なんてありませんよ」


「じゃあ、どこかでおかしな情報が混ざってしまったのでしょう。ヒペオはその、行けば分かるのですが、危険地帯です。特別な許可がない限りは中には入れないような場所です」


「危ない場所なのですか? ロジ主任、そんなこと一言も言っていなかったですよ」


「まあその、ロジ主任は頭が速いのか良く分からないのですが、二言足りないのですよね」


 その言葉、結構重大なポイントなのではないか? 僕が知っているのは聖地であるということだけ。聖地と言えば神聖な場所、さぞかし神秘的な場所なのだろうと想像が膨らむものである。どれだけ大事なものが残されているのであろうと思いを馳せるものである。


 それが、危険地帯というのは。


 僕が知る聖地のイメージの何もかもが爆発四散するのである。


「でもエフミシアさんは行ったことがあるのですよね。どれだけ危険なのか知っているのでは」


「そう言えればよいのだけれど、私の場合、ヒペオはヒペオでも中心地から離れたところで警備をする任務が中心だから、本当にヒペオの危険なところへは行ったことがないです」


「ある意味安心ですね。危険なところに足を踏み入れることはないってことですよね」


 ――おいで、おいで。


 僕のすぐ隣でささやきかける声に体中の毛が逆立った。あの声、あの声だ。僕に『聖地』を口にした姿のない声である。幽霊? 魔物? 僕となんの関わりがあるというのだ?


「どうかしましたか? 急に横を向いて」


「いえ……なんでもないです。ちょっと虫が飛んでいたみたいで」


「なら良いのですが。ノグリさん、顔が真っ青になっていますよ。そんなに虫が嫌いですか」


「そういうわけではないのですが、あまりに急だったので」


「ヒペオの周りは土地柄、虫はさほど出てこないので大丈夫です。代わりに魔物が出るのである意味大変ですが」


「それならまだ」


 エフミシアさんの話を僕にはほとんど届いていなかった。最大の警戒心。見えないのは分かっているから耳で声の痕跡を探った。魔力の残り香もないか気を張った。魔法を使ってきているのであればなにか痕跡があるはずだし、本当に近くで言葉を発したなら動く音があっても良いはずである。


 声。何かの物音がたまたま声に聞こえてしまった、と思いたいのは山々だけれども。


 二度も同じ声色で音が声に聞こえるものか。


「やっぱり虫が嫌いなのですね、まだビクビクしている」


 笑っている様子のエフミシアさんを見ていたら、警戒を解く気になれた。なんとなく、もう大丈夫、だと。エフミシアさんの柔らかい表情を前にするといろいろなコリがもみほぐされてゆくような感覚があった。


 そう思えるからこそ、馬たちのいななきとともに馬車が急停車したときのエフミシアさんの顔の変貌ぶりには体を絞られるような不快感があった。ロジ主任の殺気とはまた異なる圧だった。


 馬は暴れているのか、金具同士のぶつかる音が激しかった。御者も半ばパニックで、わめき叫んでいるが何を言っているか判別できなかった。


 で、出た! と言っているところだけは聞き取れた。


 魔物か? エフミシアが飛び出すのに合わせて一緒に僕も続いた。ある意味ではロジ主任の下についてから初めての仕事のようなものだ。馬車と御者を守らなければ、研修の地にさえたどり着けない。


 しかし、御者の手でなんとか落ち着きを取り戻しつつある馬の前にいたのは、見覚えのある四人組だった。


 ドード。


 グコール。


 メイフェル


 トバス。


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