開戦の狼煙
朝日が昇る前、常闇の森をボブの部隊は静かに平原に向かっていた。
ダンゾウの隠密部隊は各所に散らばり、情報収集や伝令に専念している。
リザードマンはまだ就寝中である。完全に慢心しつつあったが、十分な休息を取ることも大事である。
ボブ隊はカシャカシャと武具の擦れる音を響かせながら、平原の手前で停止した。
そこに、魔導師部隊が丘から森の方に流れるそよ風を吹かせた。
これにより、土埃や音は全て森の方に流れる。
こうして気配を消した2万もの軍勢を、リザードマンに気付かれることもなく平原に展開させる事に成功する。
「先ずは成功と見て良いな。これより我が軍は偃月の陣を敷く!」
四角の部隊を中央から左右に下がっていくように配置した、∧形に展開する偃月の陣を引く。
先端で真っ向からボブが向き合い、相手の出方を確認するためだ。
そして全員が携帯用の朝食を出した。
サウスホープ産の麦を使ったパンに、野イチゴで作ったジャムを塗って二つに折ってある。
香りは無いが抜群の味に、皆静かに戦意を滾らせる。
そしてボブはパンを食べながら、大事な事を確認していた。
(この美味い食事も、優しい村民も大事だ。我等は全員が集落と人を護りたいと感じている。)
これから彼は最前線の最も危険な場所に立つ。最悪は最初の戦死者になるかもしれない。
グライスと名付け親のユウキが示した道を、正しかったと胸を張って言えるように全力を尽くすつもりだ。
こうしてゴブリン達は一時の安らぎを得ると、朝日が昇り始める頃にリザードマンが起き始める。
そして異変に気が付いた。
カンッ!カンッ!カンッ!
「起きろー!敵襲!!」
その音にレクサスは飛び起きる。
そして風がなびく中、丘の上からゴブリン守備隊2万の威圧するような陣形が目に入った。
「野郎・・舐めやがって!こちらも直ぐに陣を敷け!」
ホブリザード率いる3万の部隊が横並びに陣を引いた。レクサスはまだ陣頭指揮に徹し丘から動かない。
リザードマンはボブリザード五体が率いて、統率された動きで横並びに陣を敷いていく。
それを見ていたボブは静かに考察していた。
「ふむ、手練れだが士気がイマイチ高く無いな。慢心しているか?」
そこでボブが声を魔法で拡張して張り上げだ。
「リザードマンに告ぐ、何用でこの森に攻め入る?
我等の安寧を何故壊そうとする?」
それに一体のホブリザードが答える。
「何を抜かすか!我等の領地に矢を射れば闘争となる事は承知の上であろう!!」
それを聞いて一様に皆が首を傾げる。
ボブばダンゾウの使者にこの事を周知させるよう言った。加えて恐らく大将が戦場にいない事も伝えた。
「我等はその様な愚行は犯さん。人族に追われて数年は東に居た事もあるが、直ぐにこの地へ移住した。」
「聞き間違いか?逃げ帰ったのであろう!」
そこでゲラゲラと笑い声がたった。
「闘争は避けられぬと考えて良いのだな?」
「初めからそちらが始めた闘争だ。」
一触即発。両軍は緊張の糸が張られていた。
最初に動いたのはリザードマンだった。
「かかれ!鬼どもに格の違いを教えてやれ!!」
ドンドンドン
進軍開始の太鼓が鳴り響き、リザードマン3万の軍勢はゴブリンに向けて一気に前進した。
「盾を前三列まで構え、鉄壁の体制を取れ!オレを信じろ!!」
オオオオオオオ!!
前三列が盾を重ねるように即席の壁を展開する。
こうして歴史上初めての獣人同士における大規模な戦争の火蓋が切って落とされた。