四神聖獣(1)
ゲートが閉じて何の効力もない普通の石垣へと戻った事が感じ取れた。
きっとユウキがいなければゲートを空けることも難しいだろう…
(ボクは本当に……後戻りはできない…!)
ルインがそんな事を思っていると、フェニキアは怪訝な顔をしてオーギスに問いかけた。
「おかしいですわ。行かせるとは思わなかったでもの」
「ここを抜けても神に殺されるだろう。それとその口調は何とかならねぇか?」
「お生憎さま。転生後は一度記憶を失うからフェニキアとしての感性が強いですわ」
「チッ!だからお前とはソリが合わないんだよ。転生自体が真龍の中でも特異体質だろうが」
赤龍は龍の中でも鳥に近い形態をしている。
その特性は不死鳥フェニックス。
死んでも燃えて灰の中から生まれ変われるが、再び赤子に戻ってしまうため完全な不死種や長寿種とは根底から異なる。
だがこの特性が…ほんの小さな綻びを生んだ。
これは神々の失念により零れ落ちた奇跡であり、最初で最後の幸運だった。
神々から下された破壊神としての神託が最初の灰と共に燃え尽きたのだ。
「ねぇ、思い出話のところ悪いけど…ボクも話をしていいかな?」
「ルインよ、なんて言うか……悪かったな」
フェニキアとルインは驚き、目を見開いた。
この二人の驚きにはニュアンスが異る。
「あなたの口からそんな言葉が出るとは思いませんでしたわ」
「なんで謝るの!何で裏切りを否定しないの!ボクは!!ボクは…っ」
「ヤメだヤメ。お前を助けたのも人と接触したのも長寿の気紛れだ」
「-ッ」
「へぇ。刀次郎の説得を無視したのに、彼が死した後になっていまさら…?」
「んな昔話はいいんだよ。やんだろ?」
大斧を構えたオーギスは青龍として、この場所に立っていた。それを感じ取ったフェニキアも臨戦態勢で魔力を高める。
「四神聖獣が一柱、青龍だ。水は何も通さない!」
「四神聖獣が一柱、赤龍よ。燃え尽きなさい」
オーギスが大斧を二度回転させると、その場に突き刺した。
すると大斧が形を崩すように溶け出し、今度は深海のような青色をしたハルバートが形作られていく。
「…そのハルバートは!」
「さらえ、大海嘯」
オーギスが大海嘯を数度振るうと、斬撃がまるで大津波のように襲いかかった。
「はああぁぁぁ!大瀑炎!」
フェニキアの両腕から炎が噴き出すと、周囲の温度を底無しに引き上げ熱気の渦に巻いた。
それはさながら獄炎の中に舞い踊る御鳥。
「久しぶりに見る鉤爪。相変わらず羽は魔力をかき乱してくれる」
そう言うとオーギスは大地を蹴り上げ、炎を切り裂いてフェニキアへと迫った。
炎の鉤爪で大海嘯を受け流すと、その後の鋭い斬撃を全て弾いてみせたフェニキアも接近戦で引けをとっていなかった。
だが互角に思われた近接戦も、僅かにその差が開いていく。
フェニキアはオーギスが大海嘯を構えた瞬間、《重力》によって重心を崩すと大きな隙を作り出した。
「終わりね。《赤龍の咆哮》!」
「《重力》か…厄介な力だ」
「なっ!」
フェニキアが放った渾身の一撃は決定打にならなかった。それどころか、手傷を負いながらもオーギスは防御を捨てて反撃をしてきたのだ。
(ダメ!避けられないわ!)
ザンッ!
大海嘯の重厚な一撃が周囲に響き渡った。
……
………
「なにっ!?」
「……ん」
大海嘯の猛烈な一撃がフェニキアをとらえる事はなかった。
フェニキアを外した一撃が大海を裂き、水平線の彼方まで大海が割れている。
「うふっ」
「ソ…フィア?」
「はぁ…お姉様、私嬉しかったのよ?」
「あなたは…ソフィアは、私を殺そうとしていたじゃない!」
「そうね。フェニキアお姉様があんな体たらくなら殺していたわ。でもね…」
ソフィアがそう言いながら、フェニキアにゆっくりと近づいてくる。
その一歩は確実に、でも力強く覚悟を持って…
「ふんッ!分不相応な輩には申し訳ないがご退場願おうか。奇跡は続かん!」
オーギスが大斧を振りかぶり、再び振り下ろした。その衝撃は凄まじく、大地に亀裂を走らせ二人を巻き込む強烈な龍の一撃となった。
だが、それでも二人には届かない。
「もう、邪魔しないで下さる?ねぇ…おねぇさま……」
ソフィアは衝撃を指で弾き、その指でフェニキアの口元から胸元へと一撫した。
…ーッ!
「んあっ!」
「いい声よ、お姉様…」
「私ともあろう者が…こんな!」
「何者だ貴様…?なぜこの青龍が一撃を!」
ソフィアはフェニキアの胸元から腹部へと指を下げ、その表情の変化を楽しんでいた。
「だって、むさ苦しい青龍と暑苦しい赤龍に囲まれて嫌気が刺していたんですもの。根暗黒龍は置いといてね」
「ーッ!貴様は!」
「遅いわ」
パチンッ!
ソフィアが指を鳴らした瞬間、空間が凍りついた。
あらゆる者たちの思考が停止…否。
全員が先を読まんと思考高速回転した結果、何も起きない時間が生じたのだ。
初手を踏んだのはソフィア。
鳴らした指から発した光は、オーギスを捉えて四方より襲い掛かった。
ソフィアは取り出したセンスで口元を覆い、その表情が読み取れないようにすると、目だけで笑って見せた。
(目……?いや、瞳が!!)
ソフィアの瞳は形を変え、今や二人と同じく縦に開いた瞳孔で強烈な魔力を放出する。
それが表すはこの世の摂理。
開く黄金の瞳。
「四神聖獣が一柱、光龍が仲裁するわ」
「ちっ!赤龍と一緒にいやがったか!」
オーギスは大きく距離を離して大海嘯を振るう。
「二対一では分が悪くてよ」
「それでも俺ならやれるさ…俺は最強の真龍だからな!」
そう言って吹き荒れる魔力は翼の形を作り出す。
それは真龍の真の姿へと誘う第一歩。
「二対一じゃないよ…」
(クーちゃん…これでいいんだよね?)
“あぁ、御身を借り受けるぞ”
「ボクは…四神聖獣が一柱、黒龍の継承者。御影にて光を狩るよ」
「ルイン=エミナス…君は!!」
彼女が残った本当の意味は、オーギスを問いただす訳ではない。
黒龍が遺した唯一の願いにして本意に従ったのみ。