想いが紡いだ最後の欠片
斬られた!
俺は思わず、これから起こる斬撃に目を背けてしまった。
鮮血飛び散り、大事何かが事切れるだろう。
…だがしかし、一向にその時は訪れない。
目を開けると、カイラスの動きが非常に緩やかな動作となっていく。
「なん…だ?」
考える間もなく状況は変化を繰り返す。
今度は視界は暗転していき、何もない漆黒の空間に立たされた。
いや、正確には物が三つ存在してる。
それは扉の様な形をしており、それぞれが異なる色と形をしていた。
このような空間を訪れたことが幾度となくあったし、レナードやルインの空間にも行ったことがある。
これは魔力を創造する根源であり、誰も訪れる事が出来ない場所。
そんな場所で懐かしい声が響き渡った。
「やぁ直接は初めまして……かな?」
「なぜ…?お前はなんで!」
「混乱するのも無理はない。そして少し考えれば直ぐに理解できる」
周囲に浮かぶ魔力創造器官。
それは扉の形をしており数は三つだ。
一つ目は俺自身の扉。
二つ目は真紅の扉で赤龍の魔力だろう。
そして今まで暗がりにあって開かなかった三つ目の扉。
その扉を開けて現れた人物は…高井優希。
俺の前世の人物。
だが俺は高井優希が転生してユウキ・ブレイクに生まれ変わった…。
なぜ…
なぜ俺自身の魔力創造器官が二つもあるのだ?
……まさか!
「そのまさかだよユウキ君。君はユウキ・ブレイクであって高井優希ではない」
「でも俺は6歳から前世の記憶を引き継いでいる!アヴィスターだってそう言っていただろう!」
「そのアヴィスターの行使する能力が、俺達の想定と異なる転生だったとしたら?」
ハッとした。
確かにアヴィスターの言う通り、6歳で前世の記憶が戻ってきた。
あの時はまるで違う人生の映像を呆然と眺めていて、その人の人生を後追いしたような感覚だった。
この時は不思議な感覚であり、子供だったこともあって深く考えなかった。
だが今、この話を聞いて分かる。
それも当然のことだ。
だって俺は…
ユウキ・ブレイクだったからだ……
「気が付いたようだね。あいつは常に何かを隠して質問に答えていた」
「俺は俺であって、高井優希の…」
生まれ変わりでは、ない。
高井優希は扉から出てきて、二つの魔力に腕を通して舞うように振り回していた。
かつて俺が黒龍とルインの魔力を安定させたときにやった様な事だ。
「それなら優希は…」
「…うん。転生なんて半分正解の嘘っぱちさ。ユウキ君の中で知識を貸していただけだよ」
「ちょっと待ってくれ…思考が追いつかない」
ずっと前世に起きたことは自分の事だと思い込んでいた。
この世界で赤龍の魔力を受け継いでるのに、異世界の転生が失敗して知識だけ貰っていたとか……
訳分かんねぇよ!
でもそれを優希にぶつけても栓無きこと…
「なぜ今になって?」
「きっと今だからなんだよ。同じ月齢を迎え、そして魔王や邪神の力の前に生と死の狭間を彷徨った。ユウキ君に俺のバトンを渡す時が訪れたんだ」
その言葉に俺はハッとした。
だから声を荒げて言うしか出来なかった…
「だめだ!受け取れない!!」
父さんから大事なバトンを受け取ったばかりだ!
それなのにこんな重いバトンを受け取ったら、俺は……俺は!!
トンッ…
優しく、そして力強く肩に置かれた手。
なぜ父さんと本当に同じことをするんだ…
「ユウキ君一人に背負わせて申し訳ないと思ってる…」
「違う…ッ!違うんだ!!重圧に押しつぶされそうとか、勝手な事だとか、そうじゃなくて!」
「今まで君の中で一緒に見てきた。本当に辛い旅をして、皆の想いを一心に引き受けて、辛くないわけがない!」
ー…ッ!
自然と涙があふれ出ていた。
俺を理解できる人間は誰もいないと…そう思っていた。
大人は皆、俺達に責任を押し付けるもんだから、反抗期もあって旅の途中で猛る狂った時もあった。
支えてくれた友がいなかったら壊れていたかもしれない。
挫折していたかもしれない。
もちろん彼らは本当に大切な人たちで、かけがえの無い親友たちだ。
だが真の意味で全てを理解する人間なんて居ない。
だから俺たちは葛藤して悩み、俯くんだ。
「…ぅっく、でも俺は」
「君は本当に優しいな。大丈夫、本来あるべき姿に戻るだけさ」
「その優しさと強さは…あなたから教わったんだ…」
「強さか。ふふっ。さぁ手を出して」
優希がかき混ぜていた魔力は、いつの間にか混合して周囲に漂っていた。
そして差し出された手には真紅に…いや七色に淡く光る魔力の渦。
本当にこれを受けて良いのだろうか?
戸惑いの気持ちは優希には筒抜けなのだろう。
俺がゆっくりと手を差し出すと、彼は優しく手を取った。
すると周囲の魔力に変化が訪れた。
激しく渦を巻いた魔力風は俺達を中心として、どこまでも高く立ち昇っていく。
「これは…!」
「さぁ受け取ってくれ…これが高井優希からの最後の贈り物だ!固有血技《魂魄並列》を発動!」
「えっ!固有血技?!」
優希はニヤリと不敵に笑うと、渦を巻いた多種多様な魔力が上空で一つの塊となって新たに現れた扉へと勢いよく飛び込んでいく。
その様子はまるで、鳥の群れが列をなして線となり目標に向かって飛翔する様であった。
「なんて綺麗なんだ…」
新たな扉の出現と共に、元々あった3つの扉はその影を薄めていく。
それと同時に消えゆく存在が、俺の手から僅かに伝えてくる。
分かりきっている事だ。
だから涙をぬぐい、自分だと思っていた…もう一人の自分に向けて俺は最大限に頷きこう告げたんだ。
「ありがとう。アヴィスターを地獄に落としてくる」
「あぁ、その前に魔王だけどね…もう大丈夫でしょ。その尾に鱗は…」
「無いね」
俺たちはフェニキアを思い出して笑い合った。
それを最後に漆黒の空間から目覚めた。
『終ワリダッ!』
再びカイラスを目前に捉え、獲物を目前にした狩人の勝ち誇った顔が伺える。
そんな、醜悪な笑みが
…恐怖に歪んだ。
…ビクリと震える身体は何を見た。
ザッハークが見た確かなる光。
その色は紅の炯眼。
「まぁだだよ…」