報われぬ意志
周囲を見渡せばミルキーファームは何処へと吹き飛び、ミミとハウレストは戦意を喪失している。
(今がチャンス…だな)
つまり今の状況はカイラスと交渉する絶好の機会だった。
しかしこれまで失われた物があまりにも大きい…
父さんが殺されて、他の戦場でもきっと多くの人たちが死んだ状況は決して許せる事ではない…許したくはないけど!
けど…それじゃダメなんだ……
魔王カイラスが死んだら《女王蜂の楽園》の効果が失われ、魔族は鎖の外れた猛犬の様に暴れ回り、略奪や殺人を行う可能性があるんだから。
「カイラス投降してくれ…!」
「投降?なんだそれは?」
「何でなんだよ!沢山の人たちが殺されて…それでも話をしようと言うのに!」
「形が違う獣人を蔑み、隅に追いやり、嫌悪を示した……」
……?
突然なにを言い出すんだ?
「それは人族だ…そんなお前らが魔族を受け入れると言うのか?歴史が証明している……お前たちの生き様をな!」
「否定はできない!だけど話し合う努力もしなかったのもまた歴史じゃないか!」
その言葉を最後に、俺とカイラスが纏う空気が変わった。
ダァァァン!
カイラスが両手剣を目にも止まらぬ速さで振るうと、大地が割け物が吹き飛んだ。
でもそれは一撃で終わらない。
何度も、何度も何度も…鋭い攻撃を繰り返す。
だがカイラスは特別な事を何もしていない。
だって技ではなく、ただ振ってるだけだから。
(このくらいなら予測できる…カイラスの攻撃は見える!)
ガキンッ!
《点穴》で剣の軌跡を予測して弾き飛ばす…つもりでやった。だが弾いただけで終わってしまった。
しかし、一撃一撃に必殺の攻撃を繰り出すカイラスにとっては十分な効果が得られた。
「やはりな。俺の攻撃が見えるのか」
「この程度…」
更なる連撃が繰り出され、全ての斬撃を予測して対応した。
だが突然、魔力の残滓が消え去えり向きを変えたのだ。
ーッ!
「ワンステップ上げるぞ。《漆黒の腕》よ、右腕がその時を喰らえ」
再びの斬撃。
だがやはり…軌道が変わっている!
避けきれない!!
ザシュッ!
「ふぐっ!」
「良くぞここまで躱した。流石と言うべきか…すまない。大丈夫だったか?」
大剣に斬られた所が激しく痛み、片膝をついた所でカイラスが謝罪をして手を差し伸べてきたのだ。
「なんの…つもりだ?話し合いはしないんじゃ……」
俺はその手を払いのけて立ち上がろうとした。
…立ち上がろうとしたんだ。
でも、そんな簡単な動作を実行することができなかった。
俺の肩に置かれた手によって。
「当然であり必然だ。そして定説は想像を覆い真実を隠す」
「なにを…?うぐぁ!」
突然視界が回転したと思ったらカイラスが小さくなっていく。
それがカイラスに投げ飛ばされたと理解するのに数秒の時間を要した。
「痛かっただろう?だからもう頑張らなくていいんだ。人族の敗北は必定だから」
「ふざけるなッ…!」
俺が魔力を開放すると真紅の渦が傷口を癒し、守るようにそのヴェールを展開する。
諭すように言っていたのは、《女王蜂の楽園》の効果が人族に及ぶかを試していたのだろうか。
俺にその気がないと分かり、カイラスは口調を変えた。
「ふん…田を植えれば誰かが壊し、畑を育めば誰かが盗む」
「何のことだ?」
「信頼していた隣人が深夜に突然物入りに来ても、お前は笑顔で『おはよう』と言えるのか?そんな世界に略奪以外の生き方があるか?教えを乞おう、ユウキ・ブレイク!」
凄まじい気迫でカイラスは俺の名を呼ぶ。それは明確な殺意と強い意志を持って。
「それでも手を差し伸べる隣人がいたじゃないか!」
「どこにそんな奴が居る?俺は知らない!」
「知るさカイサル!魔血衆が……ミミやミルキーファーム達がそうだんじゃないのか!」
「知った風な口をッ!!」
「カイサル!!」
「ユウキ・ブレイク!!」
激突する二つの思いと閃光。
その一撃、一撃は確実に相手の息の根を止めるものだ。
「何も持たないお前に何が分かる!」
「父さんからバトンを俺は受け取った…!それは、知らない事を許さなかった!」
いずれが正しいかなど誰にも分からなかった。
魔族でさえ、二人の力と意見のぶつかり合いに傾聴していた。
「違う!違う違う!!種族の幸、生活、食、その全てを考え、時に己を殺すクソみたいな怒りが貴様に理解できるか?!」
「知るわけがない!だからお前は魔族の王なのだろうが!だから…俺はお前と話がしたいんだ!!」
ズキッ!
「うぐぁ!!うぅぅぅぁぁぁ……」
「なんだと!?その様子…やはり貴様もそうなのだな!」
なん…だ!イタイ!イタイイタイタイ!!
何かが頭の中をのたうち回るような感覚に視界がグラつく。
「グッぁ……」
「……」
カイラスと戦闘中であるにも関わらず視界が回り暗転し始める。
だが頭だけはしっかりしている。
脳に指示を出すようにはっきりと伝える。
(目を開けろ…!)
目蓋を開ける行為をしようとするも、視界は白と黒のモザイクのようになっていく。
(死ぬ…のか?)
見えなくなる視界。
だがこの経験が過去に起きた記憶を痛烈に思い出させた。
そして聞きたくもないあの上から目線の声が聞こえてくる。
『神託をいま、成就せよ』
「魔族は必ずしも悪ではない…そうじゃなかったぞアヴィスター!」
『神託に反する事をすれば阻害する』
俺を転生させた神アヴィスターは、聞いた事と全く違う回答を示した。応える義理も義務もないと言う感じだが、これは初めて出会った時もそうだった。
「それがこの頭痛の正体か!この世界の火種を消すだろう?やってるじゃないか!」
『対象を盤上から排除するのが神託だ。世界から消し去れ。己の命を守るために相手を殺せ!』
「ふざけるな!魔族だって精一杯悩み苦しみ…生きているんだぞ!」
『あとはゼロの盤上を起動するのみだ。テストケースは完遂しつつある…よくやったイレギュラー…ぐふふ……ハハッ!!』