想いをその背に乗せて(2)
17才は俺にとって特別な年齢だった。
地球でその生涯を終えた歳だがらだ…そして俺はこの世界で、父を失おうとしている。
けれども、父の言葉はずっと喉の奥に突っかかっていた物から解放してくれた。
俺は本当にこの人の……
「父さん、僕はあなたの子で良かった…!僕は確かに父さんの子だよ!」
「あぁユウキ、その気持ちを大切にしてくれると嬉しい」
「うん…分かった……」
「迷ったら自分を信じるんだ。そして友を大切にな」
それに頷くと、母さんが父さんに優しく微笑みかけた。
「あなた…名前を……」
「ホープ…優しい時代に元気で育つように願うよ。リース、本当にありが……」
最期は口の動きだけで声が聞こえなかった。
ゆっくりと赤い魔力が渦のように舞い上がり、辺り一帯に吹き上げた。
それはまるで舞い散る花弁のようであった。それをよく見ると、一枚一枚が羽根のような形状をしていた。
「とう…さん!ありがとう!!うっ……く」
「あなた!楽しく待ってて!」
上空に散った父さんの残滓が大地に舞い、それが美しい吹雪となって幻想的な光景を魅せていた。
村民が空を見上げ、ゴブリンが敬礼をする。
誰もが声に出さず、それを静かに見守っていた。
やがて舞い上がった魔力が大地に芽吹きを与える。それは荒れ果てた荒野の大地に、小さな芽吹きを与え始めた。
「…これは?」
「……わぁ!すごい!!」
ひとつ、ふたつ…と芽吹いた緑の命。
それが一斉に広がり、芽が苗に、苗が若木に、若木が成木に…
村民はみな、無意識に声を上げていた。
「森が!生き返っていく……!こんな事が…」
「父さんの…父さんの最期の贈り物だ……」
「ユウキ…」
母さんは静かに俺を抱きしめてくれた。
本当は自分が一番泣きたいはずなのに…
「俺に、返せる事はあるがな……!」
「あるわ、あなたにしか出来ないことをして頂戴。この子を育てるのは兄弟の使命や責任ではないわ」
「ばい!」
俺はその言葉に、涙を流しながら頷いた。
汚くたっていい。
もう抑えない。
俺はもう、この悲しい戦争を終わらせるために前だけを見据える!
「その通りだ。しかし凄い景色だな。新たな観光地誕生か?」
ザッザッザッ……
その声と盛大な足音に皆がそちらを振り向いた。
それは王都騎士団だ。
あとからこちらへ救援に向かっていたマーカス副騎士団長の部隊が到着したのだ。
だが彼は突然奇妙な行動をとった。
到着するなり、自らの腕をナイフで斬り付けたのだ。
《ブラッドリーダー》
「ハッ!!」
「グゲェェェ!」
血が鞭のようにしなり、わずかに息をしていたホルアクティにとどめを刺した。
すかさず部隊が周囲を警戒して村民を守るように位置を変えた。
だがその動きに反応したのはゴブリンだった。
彼らは僅かに騎士団の動きに対して、警戒感を示したのだ。
キンッ!キンッ!
マーカスの額に数本の羽根が打ち出された。
だがそれは見えない盾に守られ、致命傷どころか傷ひとつ負わない結果になった。
《ソリッドフィールド》
「やるねぇ。えーっと…獣士ゴブリンさん?」
「ボブだ」
「もう少し森を綺麗にしようか。ボブ」
「背は預ける。ここはお任せください、ユウキ様!」
父さんの中にあった赤龍の魔力は周囲の森は再生させたが、その膨大な溢れた魔力もその役目を終えて彷徨っている。
だから俺は自然と右手を挙げたんだ。
こうすべきだと…
父の想いと一緒に行くために…!
「散った想いを一つに…集え、ブレイクに!」
高く上げた右手から徐々に濃密な真紅の魔力が入ってくる。それは当然、自らの持つキャパシティを超えた物になる。
「うぐがぁぁ…」
「ユウキ!」
「ユウキ様!!」
身体の中でのたうち回る様だ…
全身が悲鳴を上げる!
痛い…イタイイタイ!
でも、生来の頑強さはこの程度耐えられる!
「あああああああああああああああ!!!」
ひと際大きく輝きを増し、一気に大気中へと舞った父さんの魔力を吸収した。
だが見た目にこれと言って変わりはない。
けれども、見た目よりももっと大切なものを得た。
周囲ではわずかに心配する声が聞こえるから、ちゃんと伝えないといけない。
「母さん、行ってきます」
「…はい。いってらっしゃい」
ニコリと返事をすると、魔王カイラスが侵攻したダルカンダの方角に目を向けた。
そこでは俺を送り出し、死闘を繰り広げる者たちがいる。
俺は左手を前に出し、荒狂う火炎流のような魔力を操作した。その仕草によって、真紅の魔力が大気に魔法陣を描き出す。
それは過去に幾度となく目にした模様。
トージの書庫やパーミスト洞穴、ゾディアック帝国など様々な場所にあったものだ。
失われた魔法 転移魔法陣
父さんの魔力が入ってきた時、真龍の使命と記憶が思い出すように流れ込んできた。
それはトージやナルシッサ、父さんが紡いでくれた命の尊さ。
これがバトンだ。
このバトンを持つのは俺で最後になるように…そして一人ではできないからこそ、みんなに助けてもらう。
「アンカーは目一杯走り切って、ガムシャラにテープを目指して走らないとな…父さん、みんなの想いをこの背に乗せて…迷わず突っ切るから!」
魔法陣から光が現れ、俺はその中へと歩き出した。
その先にある、最終防衛戦が繰り広げられる戦場ダルカンダへ行くために。
……
………
母は息子の姿が見えなくなると、静かに俯き周囲の喧騒にかき消されながら大地を濡らす。
「…ぁぁ、ボストン……うぅ……あぁぁぁ!」
そっと腰に手を添えられ、ボストンが戻したロッジへとエスコートされた。
少し恰幅が良く、荒削りの性格だが本当は優しい男。
「ありがとう…本当に……ガラス君」
「ユウキにはユウキ、俺には俺のやるべき事を…頼ってください」
その青年は、かつてガキ大将と言われて周囲から煙たがられた事もあった。
イタズラをしては将来を悲観されることもあった。
だが人知れず挫折と努力を積み重ね、己を貫き通した彼に天は褒美を与えた。
人の痛みを知る事と、宝を奪われる悔しさを。
ガキ大将は静かに羽ばたき始めていた。
そして、きっとこの村の良き指導者になる。
誰もが密かにそう感じていた。




