想いをその背に乗せて(1)
凄まじい破壊の怨嗟は鳴りを潜めたが、自然の猛威はその爪痕を明確に記録していた。
燃える木々は根こそぎ横なぎに飛ばされ地肌をむき出しにしており、わずかに残る種火も村民とゴブリンが水を撒いて鎮火していた。
凄惨たる状況の中で人々は黙して語らず。
誰が何を言うまでもなく火を消して雑木を動かした。
そして墜落したホルアクティを蹴り飛ばす。
(終わった…俺たちの勝ちだ……!)
ボストンは小さく拳を握り、腕を引いた。
その雄姿を見たのは妻リースと、そして……
「父さん…!」
赤い髪の青年、息子のユウキだ。
髪の色はブレイク家の血筋であり、成長するにしたがってボストンに顔立ちまで似て来ていた。
最期に来てくれた…助けが欲しいとかそういうのじゃない。
息子が父に会いに来てくれた……
ただ、それだけだ。
「ユウキ…父さんは守ったぞ。何も残っていないが、大切な宝は守り通した…」
「うん…父さん凄いよ。本当にすごい…」
「情けないが、正直オッサンになっても父として在れたか…毎日が葛藤だった」
「そんな事ない!父さんは俺の父であって、最高の模範だったよ!」
「…ありがとう。俺たち親も子供だった頃がある…時折思い出しながらも、ユウキの前では父として振舞うんだ。それは楽しくもあり苦痛でもあった。戻れない自分が歯痒くて、一緒に遊びたくなっちまう…でも大人と言う拘束具がそれを許さないんだ」
父さんはいつも立派な父だった。
でもよく思い返せば、そんな立派な父も不完全なことは沢山あった。
「うん、剣の指導をするときはいつもはしゃいでた…」
「ははっ。俺は子供っぽくなかったか?ユウキの気持ちを抑え込むように言わなかったか…?反省と手探りの連続だったなぁ」
そんな姿、一回も見せたことがないくせに!
父や夫になるときはあっても、一人の子供になる時なんて…いや?
「家を汚して母さんに土下座…一緒にしたよね?」
「あぁそうだな。あれは額が真っ赤になったな」
「でもそのあと、二人で笑ったね」
「考えればやっぱり、俺は子供だったのかもな」
それが父の言う、大人の中にある子供の記憶なのだろうか。
父親になった事のない自分には、全然分からない事なのだろうか…
「うくっ!があああぁぁぁ!!」
「父さん!?」
父さんの身体から真紅の魔力が一気に噴き出した。
それは肉体を崩しながら森林を覆うように周囲へと漂っていく。
「その魔力は!直ぐに抑えて!!」
「言うなユウキ。魔力の放出を抑えた瞬間に恐らく…」
死ぬ。
身体が赤龍の魔力に蝕まれた状態だが、同時に守ってくれてもいる。
生と死の混濁した状況で、後は身体が朽ち果てるのを待つのみだった。
「俺が抑えるから、その間に魔力を止めるんだ!」
「無理なんだ。抑え方も分からないんだよ」
《龍の囁き》
それはあらゆる傷病を癒し、対象の気力を回復する赤龍の極意。
真紅の魔力がボストンの身体に入ろうとする…しかし、それをボストンの魔力がそれを拒絶していた。
「ふふっ…家族に最期を看取られて幸せだ」
「最期だなんて…父さんはまだこの村で幸せを掴んで、葛藤して、そしてまだまだ遊ぶんだよ!」
「いいねぇ…最高だ。だが弟…妹かな?顔を見られなかったのが残念だ」
「えっ?」
ボストンは母リースの方へとゆっくりと歩き始めた。
だが足の一部が欠落し、力が入らずに無様に歩く事になった。
俺は急いで父さんに駆け寄り、倒れそうになるその体を支えた。
「あなた…」
「リース……すまない、責任だけ押し付けて」
母さんはゆっくりと首を振り、父さんを抱き寄せた。
「あなたは立派に村を守りました。この子達の事は…」
「リース、俺と歩いてくれて……ありがとう」
「あなた…」
「君だけの責任ではないぞ、ボストン君」
「ほんとだよ。俺が…いや、俺たちが必ず復興させる!」
「村長…ガラス君」
「村が必ず、君の子たちを育てるから安心しておくれ」
その言葉にボストンの頬を一滴の嬉しさが零れ落ちた。
「本当に…この村に来て良かった……」
そんな父の姿を見ながら俺は崩れ落ちるしかなかった。
結局何もできていないじゃないか…生まれ変わって、それで強い力を受け継いでも…それでも!
ドンッ!
「なんで…!こんな力があっても、また、すり抜けるんだ!!」
ドンッ!
「俺はあのとき死んで、助けた子を泣かせて…!!今度は守られて、死なせて……!!!」
パシッ!
父が大地を叩く手を受け止めた。
それは赤龍の魔力に覚醒した後は誰にもできない。今の父でだからこそできる事だった。
「お前はいつも何かに悩んでいたな。そんなユウキを俺は理解してあげられなかった…だけど前の時と同じ状況なのか?」
「立場が違うけど、助けた人を悲しませた…!」
「ならばユウキ、俺はお前に伝える…悲しまないでくれ」
ハッとした。
あの時に届かなかった言の葉。
地球で助けた子たちに、最後まで言い続けた言葉は『悲しまないで』だった。
それをいま、俺自身が父から贈られる。
「俺は…彼らに伝えられたのかな……?」
「きっと伝わったから、俯くのは止めるんだ。周りの喧騒を気にせず、共に歩きたい人達と歩きたい方に行くんだ…それが人生ってもんだ」
父の言葉に、振り向く景色が一陣の風と共に消えた…
そんな気がした。




