最後の矜持(1)
部屋の中に貴重品が残っていないか確認していると、棚の中から麦や葉で作られた手製のリースが出てきた。
「うわ…懐かしいなぁ」
このリースはユウキが六歳の誕生日に作ったやつだな。
あの時からか…ユウキが《点穴》を使えることを知って、それから村に落ちた鉄鉱石交じりの大岩を破壊したのは。
「歯車が勝手に回り出している…そんな奇妙な感覚だな……」
ガシャァァァァァン!!
「なんだっ!?くぅ…攻撃か!」
突然凄まじい爆音と爆風が部屋中に吹き込み、周囲を荒らした。
家の窓ガラスは粉々に砕け散り、住み慣れた部屋は土と木片が散乱して廃屋のような惨状と化す。
「やはり…あの鳥は!」
これまで幾度と目撃するも手出しはしてこなかった存在。
それが今、我々に牙を剥いた。
俺は外に飛び出しサウスホープのどこに攻撃されたのかを確認した。
そして驚愕する。
至る所から火の手があがり、畑の土は抉れて道と畑の区別が付かなくなっていた。
「なん…数秒前までは普通だった……普通だったんだぞ!」
狙われたの村長宅と備蓄庫の辺りだが、あそこからは火の手が上がっていなかった。
だが、そこから離れたサウスホープ森林にも煙が確認できる。
(皆は無事か!?…くそっ!)
この地に来てからの思い出が、フラッシュバックするのが分かる。
他所から来たバカ野郎たちが、自分達の大切な思い出と村を破壊していく様子を睨みつける。
初めて訪れた時にアリサの父が見せた懐疑的な視線を、俺はホルアクティに向けていた。
とても手が届かない遥か彼方、高高度からの魔法による空爆と狙撃。
「こんな事が許されるか…そんな訳がねぇ……」
この地に住んで数十年、俺はもうこの地の住民だった。
夏はそよ風が草木の香りと共に鼻腔くすぐり、秋には実りで輝く黄金の季節が到来する。
冬ごもりの支度で干される川魚や野菜のカーテンに、やがて優しく舞い降りる純白の妖精たち。
そして暖かな陽気と共に芽吹く花弁の乱舞。
大好きなサウスホープが…
…焼かれている。
「ふざけるな…降りてこい!降りてこいよ!!堂々とその羽とクチバシを俺に向けろ!!このクズどもがぁぁぁぁ!!!」
ズガァァァァン!!
目の前が吹き飛び無様に転がる。
更にもう一撃が加えられ、ピンポンのように弄ばれてるのがわかった。
そして墜ちる。
思い出と共に在りし心の支え…
我が家が一撃のもとに吹き飛ばされた。
「ッー!クソォォォォ!!!大気のせいれ……がっ!」
詠唱もままならぬ内に、再びの狙撃。
感傷に耽る事さえ許されない。
それが戦場だ。
「ケケケッ!やっぱ俺達は最強だなァ」
「ムサビ様、備蓄庫の周囲を破壊しました」
「よーし!第二段階…祭りの始まりだ、蹂躙しろ!!」
「「ケケーッ!!」」
ホルアクティは隊列を組み、風に逆らわず急下降していく。
向かう先はサウスホープ森林のゴブリン集落。だが今はホブゴブリンがおらず、戦力としては非常に弱い状態だ。
「よしよし、このムサビ様が直々に遊んでやろう。クチバシを向けろとな…イキるなよ雑魚がッ!!」
やっとの事で剣を構えて立ち上がると、一体のホルアクティが猛スピードで突っ込んで来てそれを避けた。
「ケケッ!よく避けたな!ムサビ様が遊んでやる!」
再び飛翔してファイアーボールを撃ちながら特攻を仕掛けてくる。
三次元的な攻撃に避けきれず、再び地を転がるしかなかった。
「デカイ口叩くわりに弱ェなァ!」
「大地の…くぁ!」
「おせェ!!」
ホルアクティのネームドクラス…
ムサビが大きく羽ばたくと、羽が凶器となり光りの粒と共に襲来して詠唱もままならない。
ユウキは魔法を無詠唱で唱えることができるが、俺の《点穴》はユウキほど精巧に魔力を捉えられないので、到底マネできない芸当だ。
「息子より弱いなんてな…」
「本当だぜ、ムサビ様なら恥ずかしくて…」
「何勘違いしているんだ?」
「あァ?んなッ!」
ガンッ!
土属性初級魔法 《グレイヴ》
先ほど中断された詠唱を破棄。
中途半端だが魔法を発動!
隆起した岩塊を蹴とばし、風の補助をつけて速度を増せばいいんだ。
「息子に負けて悔しいな。悔しいけど…嬉しいじゃないか!」
俺の最速の剣術!《スルーブレイド》
その一撃はムサビに届き鮮血と羽根を舞い散らした。
だが浅いッ!
翼の一部にダメージを与えたが、飛翔能力も潰せず大した効果は無かった。
「舐めてたぜェ。お前の剣術は中々のものだな…!」
「ふん、王都騎士団をなめるな。“元”だけどな」
だが……
(ハァ…強がったみたが勝てる気がしねぇ。その名を轟かせる獣人ネームド…怖えぇ。震えが止まらない……)
再び剣を構えなおした瞬間、不穏な音がして右腕に違和感を覚えた。
パッと音がした方を振り向くと、自らの腕が出血しているではないか。
何をされたのか分からない。固有血技か?
だが音もなく肉体が崩壊していく。
(どこから?ムサビはいつ攻撃した??もう、わっかんねぇよ!)
それはもう剣術とは程遠く、無様に周囲を薙ぎ払うだけであった。
けどそれしか攻撃を避ける術が…生き残る術がないんだ!
パッ!
音がして、そして見た。
何か見慣れた物が、見慣れない角度で……
「おおぉああああ!おれ…俺の腕!腕があぁぁぁぁ!!」
「良い!さァコンサートは始まったばかりだぞ?つゥぎィはァ、足!」
パッ!キンッ!!
「肩でしたァー!ケケケッ!!……んんっ?」
だがムサビの言う通りにはならなかった。
黒光りする輝きが俺の目の前に現れ、ムサビの攻撃を弾いたのだ。
「遅くなり恐縮ですボストン氏。そしてトリ公、非礼を返礼しよう」
「お前は……助かった……すまない、俺じゃ…俺如きじゃ……ネームドは倒せないんだ!…っぐぅぅ…」
「あん?チッ、戻ってきたのか」
「その為に我等は共存を選ぶ。さぁトリ公…焼鳥は好きか?」
「しゃらくせェ!小鬼が…地に這いつくばって土を舐めてな!」
輝く黒刀から現れた影を、この村で知らない者は居ない。
それはホブゴブリンであり名を与えられた獣人。
人は出会ってはいけない獣人として名称を付けて区別し、ネームドクラスと呼ぶ。
高価な武器や鎧を投げうってでも逃げろと畏れ戦いた。
「我輩の名はダンゾウ。死を持って償え」
「俺はムサビ様だァ。小鬼との格の違いを見せてやるぜェ!」
か…勝てるわけがねぇ!人がネームド相手にまともに戦えるわけがねぇ!!
目の前にはそんなネームド同時が殺し合いをしてる。
どうかしてるぜ…
なんで俺なんかがこの場にいるのか、不釣り合いもいい所だ。
ゴールド階級の冒険者ならばともかく、騎士団中退の農民にはこんな戦いついていけない……
ハッキリ言ってダンゾウに任せて逃げ出したかった。
生きることだけを考えて逃げ回っても風圧に吹き飛ばされ、目で追おうとして視認したムサビが消えては後ろから光の攻撃を浴びせた。
ダンゾウが俺を庇いながら戦ってくれなければ、既に100回は死んでいたに違いない。
「ケケケッ!お荷物はそれ位で捨てたらどうだァ?」
「お荷物ではない。共に歩く古き隣人であり、良き友人だ」
俺はその一言にハッとした。
頬についた泥を払い、血にまみれた剣を持って闘志を示す。
「バカだなァ。もうチビる水分も残ってないのかァ?ケケケッ!」
「分かっているさ…分かっているけど、男にはそれでも立たねばならん時があるのだ!」
普段感情を表に出さないダンゾウにしては珍しく、その一言にフッっと笑みをこぼし小さくつぶやいた。
「ふっ、子の父もまた同じ…か」
するとサウスホープ森林の方から大きな音が響き渡った。
「なんだァ?爆撃にしてはちょっと…」
「お主らがこの村を攻めた失態は一つだ」
「あァん?村は壊滅、備蓄は強奪、村民は全滅。どう考えたら失態があるんだ?」
「あれを見れば分かるさ」
音共に土埃が舞い上がり、木々が倒れていくではないか。
それと共に弓矢が風を纏って上空を撹乱し、ホルアクティが隊列を崩し始めた。