祝福された生誕(3)
王都騎士団として、命令で森にすみ着いた獣人を薙ぎ払った獣人討滅戦。その時はグライスから手痛い洗礼を受け、何とか命からがら逃げ延びる事ができた。
そして帰還した後は王都宿舎の一室に戻り、リースの顔を見て恥ずかしげもなく涙を流した…
それから暫くして王都騎士団を脱退することを決意した。
俺と同じように脱退する者は多かったが、その時一緒に抜けたのがガルシアだった。
彼は冒険者となり各地を廻ると言い、俺は離れた地で穏やかに家族と過ごすことを望んだんだ。
候補地としてはサウスホープの他に、イーストホープやドールガルス城塞があった。
ドールガルスは城塞都市だが、その性質上食料自給率高くなるように城の外には農村が点在しているんだ。
外には出回らないが、ゼリウス大雪山から流れる雪解け水で、栄養豊かな米が良く採れると聞いたこともある。
そして色々と考えた末に出した答えはサウスホープだった。
俺の精神状態からも喧騒から最も離れた場所が良いという事でリースが選んでくれたのだ。
あれは良く晴れた日の事だった。
都会者がいきなり集落へやってきて、何か気に障らないかと心労を重ねていた。
「なぁリース。ちょっと多すぎないか?」
「これは王都でいま流行りのお菓子よ。村民全員に渡るとなると…」
なんとリースはご近所様だけでなく、全員分をこさえてきたようだ。
流石にその大胆な行動力には驚いたが、裏を返せばリースも心配だったのかもしれない。
家や土地の購入費用は、王都騎士団の積立基金の解約と戦争特務手当で自信があった。
だがこんなに買ってはそのお金もなくなってしまうと焦ったものだ。
『よう そサウ、ホ フへ』
うん。
看板が見事に大自然と調和している。
だれも薄れた文字を直す気がないようだった。
風でギィーギィーと嫌な音を立てるアーチゲートをくぐりぬけ、農道を村の中心に向けて進んでいた。
村長宅へと向いたいのだが困ったことがある。
村長の家が分からないのだ。
「まいったな。小さな農村でも敷地は広大だな」
「そうねぇ。あっ!あそこに人が居るわ」
麦畑の手入れをする男性と出会った。年齢的には自分たちと同じくらいだろうか。
「ごめんください。村長のお宅はどちらですか?」
ジーッとこちらを見てくる。
旅人か商人かを見定めているのだろうか。何も言わないから困ったものだ。
「あっちだ。けど今行っても居ねんじゃねぇか?」
「そうですか、一先ず向かってみます。ありがとうございました」
「ありがとうございます!」
リースと共に挨拶すると、背後からずっとこちらへ向けられた視線を感じる。
一体何なのだろうかと不気味ささえ覚えたのだが…今なら理解できる。
あれは普段人が来ないので見ているだけなのだ。あとは村に悪さをしないかだけだ。
知らない者がウロウロすれば盗人かもしれないしね。
大都会に住みなれていても、それは簡単にイメージできる。
帰宅したら玄関前に謎の営業マンや宗教勧誘が居たら、妙な視線を向けて消えるまで監視してしまうだろう。
決して悪意とか邪な感情ではなく、自分たちを守るために自然と観察しているだけなのだ。
教えて貰った農道を進むと麦畑に囲まれた一件の大きな家が見えてくるが、それよりも気になる物があった。
小さいながらもシッカリと作りこまれた庭つきの家に目が留まる。
「いいわねー、こういう家」
「王都じゃみかけないな。でも手を抜いてなさそうだ」
理想の邸宅を通り過ぎて大きな二階建ての家へと辿り着くと、深呼吸をして優しく扉を二回叩いた。
コンッコンッ…
「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」
……
待てども返答は得られなかった。
どうしたものかと周囲を歩いて回ると、畑仕事をする年配の男性が目に入る。
「おや?どうなさりました?」
「突然すみません、ボストン・ブレイクと申します。王都から越してきたいと思っていまして…」
「おうおう…!では家にどうぞお上がりなさい。おや…これまたお美しい」
「やだ…お上手なんですから。リースです」
「ははははっ!いや、若い担い手が少なくて嬉しい申し出ですよ」
村長は人当たりが良く、俺達を初対面から歓迎してくれた。
それから村長には王都騎士団いたことや、獣人討滅戦の療養で退団して田舎へやってきた事を話した。
すると村長から体の具合が悪いのかと心配されたが、それについては全く問題ないと言った時の笑顔は忘れられない。
「夫ボストンには心の癒しが必要なんです」
「そうでしたか。それならばこの村は良い所です。住む場所は…」
「あっ!道中の近くの建屋は入れませんか?」
「あぁ、前の家主は冒険者になると王都へ越してしまってね。使いますか?」
「いいんですか!?」
「好きにしてくれて良いと言われているよ。空き家があると治安も悪くなるから助かるんだ」
これには嬉しい申し出だった。
仕事も農地の貸与を受けて村へ作物を納める事になったが、騎士団に居たので体力には自信があったから丁度良かった。
「村長、挨拶に回りたいのですが村は広いですか?」
「ちと広いな。あぁそうだ」
村長は家の外に出て行くと、大きく息を吸って「オーイ、オーイ」とよく通る大きな声をあげた。
すると先ほど道を教えてくれた男性がこちらにやってきて会釈する。
「この二人、ボストン君とリースさんは村に住むことになった。案内してもらえんか?」
「そうでしたか。先ほどは失礼を」
失礼というのは視線の事だろうか。
そうであるならば、特に謝る必要もないことだ。
「いえいえ、よろしくお願いします」
「二人とは年も近いから何かと良いじゃろう」
村長の気遣いもあって男性の好意で村の挨拶回りを手伝ってもらえることになった。
「へぇ、それじゃ王都は大変な事になっていたんですね」
「それも落ち着いて、今や王都はパレードに浮かれていますよ」
田舎の方までは戦争の話があまり着ていないようだった。
こういう話も別の土地に来て初めて知る事であって、王都を離れたのは良かったと思えた。
彼のおかげで村人にもすんなりと受け入れられ、始めて出会ったのがこの人で良かったと思う。
しかしこの男性、近い年の人がいないからパートナーを探すのに大変苦労したのだとか。
お互い子宝に恵まれれば良いなと、笑いながら話したものだ。
だがそんな彼も、数年後には子を授かり一人の子の父親となる日が訪れた。
「なぁボストン、この子に名前を付けてくれないか?」
「いやしかし大事な子だろう…俺にはとても」
「私からもお願いするわ。ボストンさんとリースさんは家族みたいなものですもの」
「そうだよ。俺には幼少期から同年代の子がいないから嬉しかったんだ。二十歳過ぎの友達ができて」
たったそれだけの事。
同世代の友人が居るのなんて当たり前…ではないのだ。
それはもうご近所とかではなく、親友と呼んでも良いほど仲良くなった。
その親友に子供の名前を付けてほしい…それは悪い事なのだろうか?
「それじゃ…そうだな……うーん」
「すまないな。自分の子供の名前もあるのに」
「…アリサ。アリサちゃんはどうだ?」
「良いわね…あそこは綺麗だものね。ありがとう」
その子に名付けられた名は、アリサ。
それはこの地域で見られる美しい氷穴に住む妖精の名前だ。
これから我が子と共に沢山の事を学び、沢山の思い出を紡いでいく子になるかもしれない。
そして同年産まれた俺達の子ユウキとは同い年となり、一年に二人も新たに生を受けた事で村中を上げてのお祭りが開かれた。
二人の出生は、それほどまでに村から祝福された物だったのだ。




