祝福された生誕(1)
騎士団を後ろに残し、俺は全力でサウスホープに向かっていた。
だが道中に検知した魔力の動きは、こと想定の範疇を超えて想像ができない事態に陥っていた。
「これは…一体何が起こっているんだ!」
《点穴》じゃ魔力の動きは分かっても、何が起きてるかまでは分からない。
…なまじ分かる事がもどかしい!
けど、何にしても早急に到着しないと取り返しの付かない事になる。それだけは分かっていた…
たかが数時間。
その間に一つの村が消える。
そんな事が現実に起こりうるとは考えたくもなかったが、そんな思いは簡単に裏切られてしまう。
「ここが…サウスホープ……?」
全力で飛ばしてサウスホープに到着した…はずなんだ。
何を言っているか分からないし、本当にここがサウスホープであるのかも自信がない。
生まれ故郷であるはずなのに、たどり着いた先で見た景色は…絶望の一言に塗り固められた。
《点穴》で分かっていたんだけど、実際に目にするソレに対して思考が追い付かない。
声も出ず、周囲を見渡すことしかできない。
農村サウスホープ。
そして森林の一部が……荒野と化した。
村の入り口はどこだ…?!
人の営みがあったのか分からないほどの惨状…
麦畑は?
村長の家は?
ガラスはどうした!?
家もない…
母は?
父は!?
俺の故郷に何があったんだ!?
だが何も分からない状況の中で、微かな希望が森のあった方角に見えた。
「…この魔力は父さん達だ」
俺は急いでその方向に疾走すると、懐かしい背中が見えた。
それは赤髪の男性で、俺の最も会いたかった人物で間違いなかった。
「…父さん!」
「……ユウキか。来たのは分かっていたぞ」
「なん…で!」
「時間がない。お前には話しておくから…きっと繋げてくれ。このバトンを」
「そんな!なんで…俺はそのバトンを取りたくない!!」
父さんは俺の頭に手を置き、久しく感じていない感覚が自らを戒める。
それは優しく、触れた部分から絶対に抗えない尊さを感じる。
その手から伝わる温もりが云う。
『お前は何も悪くない』と。
「父さん…俺は……」
「抱えるなユウキ。この村で何が起きたのか、そして俺達がサウスホープを愛したかを…教えよう」
時を遡る事、半日ほど前の事だ……
サウスホープでは厳寒期を終えた時期で土壌整備が行われていた。
ユウキの父、ボストン・ブレイクは遠くまでよく見通せる畦道を歩いていると、上空に何かが飛び回っているのが目に入る。
「今日はやけに渡りが多いな…虫も少ない時期なのに珍しい」
暖かくなり畑が緑深くなってくると餌が豊富になり、それを狙って渡り鳥がよく飛んでくるのだ。
だがこの時期ではそれも稀だ。
(念のため村長に報告するか?戦争が始まった事だしな…)
ボストンは若いときに獣人との戦争も経験したことがある人物だった。
そんな彼の直感が警鐘を鳴らしていたのは、優れた能力であったのか責任感だったのか…
急ぎ村長宅へと向うと、村長の孫でユウキの友達のガラス君が隣村からやってきた花嫁と庭仕事をしていた。
なんでも新しい種を試すんだと意気込んでいる。
「やぁ精が出るね。村長はいるかな?」
「こんにちは。いま家にいるはずですよ」
ガラスの妻はペコリと会釈をして扉を開けてくれた。
彼女は物静かな人柄だが、とても柔らかで非常に好印象を持てる人物であった。
二人に礼を言って中に入ると、無礼も承知で大きな足音を立てて村長の許へと急いだ。
そして先ほどの懸念を告げると直ぐに判断を下すのだった。彼のこの決断力の速さが慕われる要因でもある。
「直ちにレベル3を発令宣言。プランβはγに移行…今は危うい」
「分かりました村長。では直ぐに」
「待ちなさい。ワシに何かあれば…ボストン君、頼むよ」
「やめてください。生き残る事を考えましょう」
それに対して村長は首を振った。
年長者が感情で動いては周囲が混乱する。彼はそれを良く知っているのだ。
「誰に鎌首がかかるか分からん。君が統率し…そしてガラスを導いてくれ」
「……分かりました。でもそうならないようにしましょう」
「あぁ…」
先ほど村長が述べた暗号のような言葉は有事指数を示す。
5段階に設定され人魔戦争に入った段階で2に引き上げられていた。
1は平時。
2は避難準備。
3は避難開始。
4は財産放棄。
5は蜘蛛の子散らせ。
4は個人の家財道具などを全てを無視して指定場所へ急ぎ避難する。
5は村へ戻る事を考えず、指定避難先ではなく個々が生きる事だけを考えて避難する。
(王都や隣村ダハーカなどの候補が挙げられている)
今回指定されたレベル3は避難開始。
プランβをγに移行とは、避難先を村の集会所からサウスホープ森林へと移すことだ。
もはや村全体が戦禍に襲われれば、農村の頑丈な建屋だと程度は知れているので、その意義を全うできるかは怪しい。
外へ出て上空に向け弱い水弾を三発発射した。
それが高い位置で大きな音を立てて弾けると、慌ただしく村人たちが家から出てきて準備を始めた。
「これで良し。ガラス君、私は家に帰り支度をするからγで会おう」
「はい、お気をつけて」
(彼も落ち着いたものだな)
そう感じずにはいられなかった。
ユウキやアリサちゃんと一緒に遊んでいた時はまだまだ子供だった。
騒ぎながら走り回って畑にいたずらをしては魔法で道をボコボコにし、大人から叱られていたのが遥か昔のようだ。
人の子の成長は早いと言うが、離れて暮らす我が子もきっと知らぬ間に成長しているのだろう。
先日帰ってきたときなど我が目を疑ってしまったよ。
そう思い、足早に自宅へと向かっているとアリサちゃんの両親に出くわした。
「まだ大丈夫だから焦らず避難してくれ」
「やぁボストン。本当に嫌な時代に生まれたな…けど嬉しい事もあったか」
「はははっ、自分たちの子供の方がよほど苦労しているよ」
「本当にな。何かあったら……アリサを頼む」
「…それは御互い様だね。君に出会えてよかったよ」
それにただ頷いて返事をする。
自分の子供だってどうなるか分からないのだ。だが人の親だとやはり我が身よりも子を案じてしまう。
人とはそういう性分なのだから仕方がない。
彼らと別れ、足早に家に戻ると真っ先に最愛の妻リースが目に入った。
その後ろ手には大きなリュックが引きずられており、持つのに苦労しているのが分かる。
「リース!大丈夫か?無理をしないでくれ」
「えぇ。あなた、これ持てるかしら?」
そう言って引きずってきたリュックを指さすが、この程度なら普段の鍛錬で何の問題もない。
「あぁ、今は大事な時期だからな。ゆっくり行こう」
それを言われてリースは微笑みながら自らのお腹を優しく擦った。
俺も同じようにリースの腹部を触ると顔を見て頷いき、大きなリュックを背負ってサウスホープ森林に向けて避難を開始した。
護る者が増えるっていうのは悪くない。
男と言うのはこういう時、不思議と力が湧くものだった。




