魔王カイラスの脅威(4)
「この魔力は…おそらくすでに戦闘に入っています。すぐに向かわないと…!」
「ふむ、マーカス!…いけるか?」
「ハッ!あそこのパンは美味いですからね」
マーカス副団長はニヤリと笑みを浮かべると、配下に向かい檄を飛ばして遠征の準備を始めた。
俺もすぐにサウスホープへ向けて走り出そうとしたとき、とある声が俺の足を止めた。
「最終防衛ラインに相応しい居城だ」
魔王カイラス、御登壇。
「バカな!一体どれほどの距離が離れて…そうか、全員転送したのか!」
魔王軍はイーストホープを襲撃した部隊を率いて、最終防衛ラインであるダルカンダに侵攻を開始した。
その行軍は徒歩や風魔法などと言う生易しい物ではなく、転移を使った速攻だった。
「ユウキ・ブレイク。神が与えた二物をどう使う?」
俺は地べたに座り込んでサウスホープの魔力を探っていたから、傍から見れば不格好だったかもしれない。
でもそう言う事じゃなくて単純な話だ。
(こいつ…イラッとさせる!)
「さぁダルカンダ守備隊の諸兄等にはお別れの時間だ。終焉の入り口にようこそ…」
「守備隊は防衛線を上げろ!冒険者も騎士団に加われ!!」
魔王は手を前に出し、全軍にその意向を示した。
「…踏みつぶせ。この場所に足跡以外は不要だ」
「「ォォォォォォオオてオオオオオ!!!」」
「「オオオまオオよオオォォォォォォ!!!」」
魔王による鼓舞によって激しい雄叫びが周囲を支配する中、その雄叫び小さな一言をかき消した。
「ミルキーファームは前面に狙撃。鵙残党は剣を振るえ!ハウレストは側方からぁッ…!」
ズガァァァァァァン!!
魔王カイラスは指示の最中に吹き飛ばされ、断崖に頭から突っ込み瓦礫に埋もれた。
残った淡く光るその色は怒りの色か。
はたまた希望の色か。
俺の周囲には今までにないほど《真紅のヴェール》が濃く揺らいでいる。
「待てっつってんだろ!お前らの狭隘な王様を秒殺すっからそこで寝てろ!!」
俺を見た魔族の半数がバタバタとその場に倒れこんだ。
開いている赤龍の魔力門は全開だ。
「ユウキ…ブレイク!やはり貴様は!!」
魔王と俺のやり取りを見ていたバルトフェルド騎士団長は、全軍を前に出し守備体制を取った。
すると大地から漆黒の蝕指が湧き出し、軍勢に対して一斉に襲い掛かった。
「チェックや」
「くっ!!総員備えよ!」
あらゆる角度から襲い来る蝕指に対し、騎士団を盾を構え衝撃に備えた。
だがその衝撃を受けることはなかった。
「光よ…」
《清浄なる迅閃》
神々しい光が蝕指をなぎ倒していく。
それは希望の光であって、純白の翼は英雄の証であった。
「ウチの蝕指が…なんですのアレは!あの時の坊やッ?!」
「ハウレスト、お前たちの好きにはさせない」
「あぁホンマに成長したんやなぁ。坊や名前なんて言うてましたっけ?ドール…ドール……あ、そうやった。ドールと言えば」
「レナード・ドール。何が言いたい?」
ハウレストの言い方がいまいち的を得ない。
遠回りのようで、なにか分かってて核心から外すような話し方が癪に障る。
「ドールガルスは、お城が綺麗になったんやってねぇ」
「お前えぇぇ!!」
「あきまへんなぁ。そないに真っ赤になって」
レナードの足元からハウレスの蝕指が襲いかかり足に食らいついた。
「!?…レナード!」
キンッ!
再び蝕指は切断され効力を失い消え去った。
今回は完全に不意を突いた一撃で、間違いなく術中だったはずだ。
しかし背後の人物がそれを許さなかった。
「大丈夫だよ。ユウキは行って」
「ミ…ミミ!あんた生きてはったん?!はよぉこっちに…」
「ハー、ミミはこっちが立ち位置だよ」
「んなアホな!…そうか人族。けったいな手を使う!」
ハウレストはミミの反逆に対して驚きとともに怒りを露わにした。
ポーカーフェイスで相手を口述ではめるのを得意とする彼女が激情を見せたのは、それだけ大きい事件である事を意味していた。
「ユウキ、ここは僕たちが止める」
ミミも頷いて目だけで訴えてきた。
ここは騎士団や二人に任せてサウスホープへ向かうべきだろう。
ただでさえ時間を大幅にロストしているのだ、即断する必要があった。
「すまない、父さんたちとすぐに戻るよ」
俺は一気に地を蹴り加速した。
だが足に再び漆黒の魔力が襲い掛かった。
バンッ!
ザシュッ!!
あらゆる角度から俺の足にまとわりついた蝕指に攻撃が加えられた。
その時に見えた顔ぶれは忘れない。
レナード、ミミ、バルトフェルド騎士団長。
冒険者ギルドのダルカンダ支部長や、銀色バッジが輝く大斧を振るった冒険者ジャック。
俺は振り返られない事が最大の礼と考えて疾走した。
(ありがとう…本当に色々な人たちに支えられた)




