魔王カイラスの脅威(3)
何なんだあれは?
特異な固有血技の中でも更に特殊な能力だと思うけど、その内容が分からない。
以前会ったパーミスト洞穴では、転移や盗みをやっていた。だが特異なのはそこではない。
《点穴》で見える魔力が、普通の固有血技では感じない禍々しさを覚えるのだ。
「触れたものを蒸発させる固有血技か?いかにも魔王らしいな」
「ハハハッ…そんな生ぬるい代物じゃない。俺の固有血技は《女王蜂の楽園》」
《女王蜂の楽園》…?
名前からして非戦闘系の様だがどうだろう。
女王蜂の特性は、種の保存と群れの求心力……とかか?
「俺のあらゆる言動、行動に対して同族は正しさを覚える。俺を守ることを最優先とし、命令は確実に実行される」
「確かに強力だが、それだとカイラス自身の強さは並じゃないか?」
「付加価値がある。一度発現すると身体能力が同族の数十倍へと強化され、魔力量も指数関数的に強化されるから安心しろ」
付加価値の方がぶっ飛んでるじゃないかッ!
魔族は元来人族より魔力量が豊富で身体能力も優れている。それが倍加…いや指数関数とか天文学的な強さになってしまう。
例えるなら、生身の人間が新幹線に正面からタックルするようなものだ。タックルした方は無事では済まない。
だがそんなぶっ飛んだ輩が、俺の事を指さして笑いだしたのだ。
「くくくっ…俺と同列のバカなら、そこに居るじゃないか」
「何がおかしい?」
「分かるだろう?俺を理解し、俺と対等に話ができる奴が現れたんだ。嬉しくないわけがない!」
出会う輩すべてが話をする前に降伏するか死ぬ。
そんな生活を数百年も続けていれば、楽しみの一つや二つなど消し飛んでしまうだろう。
「そうかもな…」
「あぁそうだ、この腕の紹介しよう。《漆黒の魔手》だ」
あの黒い手は《女王蜂の楽園》とは関係なさそうだ。
では魔族特有の特殊な能力なのだろうか?
「魔神ザッハークから授かった第二の能力。左手は空間掌握能力を有している」
「ザッハーク…?神はアヴィスターだろう?」
「さぁな、俺にも与り知らぬ事だ。能力の一部はパーミストで見せただろう?盗んで転移したのを…」
そう言ってカイラスは大剣を右手に持ったが、それには見覚えがあった。
俺のポーチから盗んだイビルウェポン。
それを揮って大地を穿ち、両の腕でガードした《真紅のヴェール》を引き裂きながら吹き飛ばされてしまった。
圧倒的な一撃。
「後で会おう。そうだ、生誕の地の友人達は無事か?ふふっ……ハハハッ!!」
「カイラス!?待てええぇぇぇぇ!!」
吹き飛ばされた先に空間転移の光が現れ、俺はイーストホープから別の地へと飛ばされた。
視界は変わり、伸ばす手が見慣れた城門をさしていた。
それはかつて国の遣いとして旅した時、ひと月ほど滞在した街。
王都の隣町ダルカンダ。
「ユウキか!?何があった!」
大きな声に驚き騎士団が駆け寄ってきたが、その中にバルトフェルド騎士団長がいたのだ。
「魔王自らがイーストホープに侵攻しました!魔血衆と合流して…サウスホープが!」
「よくわからん!一から説明してくれ!!」
俺は騎士団長の言う事を無視して、かつてない規模で《点穴》を発動した。
元来1kmの範囲で魔力の痕跡を辿るのが精いっぱいだった。それをもっと拡張する。
10km…20km……100km……
頭がズキズキする。
凄まじい情報量が脳内を掻き回し、激しい鈍痛が集中力を乱すが構わず続ける。
150km……
くぅ!
頭が、痛い…200km……みえた!
「この魔力は…ホルアクティだ!バルトフェルド先生、サウスホープが攻められた!!」
「なんだとッ!あそこは今やこの大陸の食料源だぞ!!」
街道を利用した補給路や重要拠点を守る事に専念してきた。
大陸最大の食料生産地は小さな農村という事もあって手薄にしていたのだが、それは逆に重要拠点と察知される可能性を危惧しての事だった。
だが肝心な事を失念していた。
それはホルアクティがこの大陸の情報を上空から監視していた事だ。
ゴブリンとリザードマンの獣人戦争を蜂起させるに至る情報精度を考えれば、当然サウスホープが重要拠点だったことは筒抜けだったに違いない。
少し前にドールガルスの陥落したが、周囲の農村も蹂躙されているから戦争での農業生産地への打撃が、ここに来て決定的な物となりつつある。
開戦と同時に各戦場へ魔血衆という強大な力を分散させて配置。
さらに引っ掻き回しては逃走や転移を繰り返して混乱させる…
加えて副首都を制圧し食料を確保すると、こちらの供給元を断ったのだ。
魔族側はガーミランが聖都で戦死した事やミミが寝返ったのは想定外だっただろうが、それ以外は全て綿密に練られた戦略が成功していたと言える。
魔王カイラスの狙い通りに事が進み、大陸中央のイーストホープで分散した部隊の合流。
王都の最終砦であるダルカンダを前にして、食の産地サウスホープを急襲した。
人族は最終防衛ラインへと攻め込む部隊がいるのに、補給路の防衛にも割く必要が生じてしまった。
ここでサウスホープを無視してダルカンダ防衛に成功したとしても、いずれは飢餓によって敗れるだろう。
ダルカンダを抜けられたら王都は陥落し、東西に分断された聖都と帝国は遠からず墜ちる。
戦力が拮抗している場合、戦略的敗北はつまり戦の敗北に直結するのだ。
これを覆すには更に強大な戦略兵器を誇示するか、出し抜く戦術を成功させるしかない。
人族はいま、人魔戦争の転換点を迎えていた。
「くそっ!完全に…出し抜かれた!!」
今から全力で向かっても相当の時間がかかる。
ホルアクティの戦力を考えれば、ただの農村を壊滅させるのにそう時間はかからない……
「何か…何か手は……ガラス…クッ!!」
その時肩に優しくそっと、しかし力強く置かれる手があった。
バルトフェルト先生はいつもそうだった。
厳しくも、ここぞと言う時は凄く頼りになって…親身に接してくれた。
「ユウキ、大丈夫だ」
「農地が地平に続く村ですよ…上空から奇襲されたら!」
この世界で唯一空爆可能な種族。
そんな特異な能力を持っていても、常に保身だけを考えて世に出てこなかった。
奴らは一体…何を考えているんだ!
「人鬼協定は生きているんだろう?」
「いますよ!でも今は村に居ないはずです…」
ゴブリンはこの大陸で最も多く生息する獣人だ。
故に集落同士のつながりがなく、獣士として生きることを選択するように伝えて回っているのだ。
ホブクラスが居るならば大丈夫だろうが、サウスホープを不在にしているのだ。




