状況報告
ドール兄弟の戦いに俺は参戦しなかった。きっと激しい戦いになるだろう。
けれどもそれを乗り越え、この王都ダルメシアを守るはずだ。それがレナードの信念であるからな。
二度の失態はないし、それを俺が許さない。
「あいつの背中は絶対に守り通すからな…」
俺は呼び出しを受けてダルメシア城に向かっていた。
ここで各国の連絡会があるので、状況を聞くために招集が掛けられていたのだ。
レナードと再会できたことは正直嬉しかった。
ノイントに無理やり離散された俺達は通信機を使って連絡をしていたが、やはり心配は心配だったからだ。
しかし敵の最大戦力である魔血衆の一人を“お持ち帰り”したのには驚かされた。獣士と友好を結んだ自分でさえ、さすがにそれは無理だと思っていたのだが…
「やっぱり英雄はレナードなんだよなぁ」
この呟きは遠く離れた友人たちには届かない。
アリサやルインがいたのならば「あなたもよ」とか言ってくれただろうが、特別そのヒーローを望んでいるわけではないので良い。
むしろ相棒がヒーローならばうれしい限りだ。
だがその肩を並べる人たちも今はいない。
みんな自分が出来る事を精一杯こなしているのだ。
慌ただしく行き来するダルメシア城の政務者の中に混じって通路を歩く自分はどこか浮いているようだった。
騎士団は重厚な鎧を身に纏い、司書たちは長いローブを引きずって図書やペンを持ち歩いている。
そんな中に旅装の自分が居れば、悪目立ちもするだろう。
「きみ!ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!!」
「ごめんなさい、王と話があるので…」
そう言ってゴールド階級の証である冒険者証を見せると、相手は慌てて頭を下げて小走りに走っていくのだ。
何度目かも忘れるくらいのやり取りに溜息一つ吐くと政務室へと向かった。
「失礼します。ダルメシア王、戦線は動きましたか?」
「ユウキか。ちょうどよい所に来たな、聖都が防衛に成功したぞ」
「えぇ、伺いました」
ダルメシア王は聖都との通信の真っ最中だったようで水晶玉から発せられたのは教皇ミーゼスだった。
そして彼から戦闘の詳細をうかがい知ることが出来た。
ルインとアリサは本当によくやってくれた。
なぜか自分の事のように嬉しく思う反面、中々に想像を絶する戦いに自分の甘さを痛感せざるを得なかった。
(髪ゴムがうまく作用してくれてよかった…)
旅の道中、アリサに髪ゴムをプレゼントしていた。
彼女は優れた魔術師だが乱戦となった場合に接近を許し深手を負う心配があった。
故にルインにアリサの事を頼み、《龍の囁き》が発動して傷を癒せるようにしていた。
だが…まさか首が飛ぶとは思わなかった。
想像しただけで背筋に悪寒が走り、抱きしめに行きたい衝動に駆られた。
(近くに居なくてごめん…アリサ、ルイン)
「アリサ君に名を授けねばならんの…」
「教皇、あなたからアリサに祝福を与えては頂けませんか?」
「ダルメシア王よ、良いのか?」
「ダルメシアは構わん。そちの国民の方がよりアリサ君を理解していよう」
固有血技を授かった者は名を与えられる。
滅多に発現しないのだが、顕現した場合は国が能力と繋がる名を記録しておく。
そうすることで、子へと継承されていく固有血技がどこに流れて行ったのか分かるようにするためだ。
「それでは…マルス。アリサ・マルスと名付けよう」
「良い名です」
「うむ、ところで以前話した《雹炎の女神》。これでなアリサ君は聖都で神格化しつつある…」
おいおいおい!
恋人であるアリサが神格化されたら俺は信者に殺されやしないか!?
低俗な俺如きが信仰心溢れる信者の眼に触れただけで恐ろしい…これでは聖都に迂闊に入れないじゃないか。
「聖都はいつでも来訪を待っておるよ。此度の防衛はオークの働きが大きい…間接的だが獣士を繋げた君の功績を忘れはしまい」
僅かな俺の揺らぎを感じて直ぐに手を差し伸べてくれる。
これが…教皇なのか。
そこで帝国のフェニキアも通信に参加し、状況の整理が進められた。
だが状況は流れるように目まぐるしく変化をしていく。
「ミルキーファームも神無砦で交戦し王都側へ逃走。それとリザードマンも魔血衆の一人ハウレストと交戦し取り逃がしたと」
「急報!副首都チェスト陥落!!」
「…ミルキーファームか。やはり早かったな」
「恐らく…ただハウレストが転移した先が不明。そちらも怪しいですわ」
状況は刻々と王都に押し寄せている。
魔族は各地へと分散して襲来したが、やはり大陸の中央に位置するダルメシアを掌握するつもりなのだろう。
「防衛戦をこれ以上下げられません、俺がチェストに向かいます」
「待ちなさい。補給通過しただけのチェストを奪還しても意義は薄い」
「チェストなら神無砦から帝国軍が向かいおう。共同戦線として一時的な進軍の許可を…」
かつて領土侵略を目的として帝国はダルメシア本国まで攻め入った。
それが手を取り合って共通の敵を廃すため、皇帝は帝国軍をダルメシア領内に入れてほしいと言っているのだ。
それが端的に返答できるものではなく、通常議会の承認が必要となる。
だがこの男、ダルメシア三世は歴代の王よりも遥かに状況認識力と判断力に優れていた。
誤った回答は見出さない。
「頼む…皇帝よ。ダルメシア国民を救ってくれ」
「承知した。これにて失礼する」
チェストの備蓄類を奪われた事は非常にマイナス方向へ作用していた。
副首都と言うだけあって、魔族は当面のあいだ食料や水に苦労しないだろう。
更にそこを拠点として進軍が出来る。
西のダルメシア方面に侵攻するとしたら、東の帝国側から奪還戦を仕掛ければ相手も動きにくくなるはずだ。
王都ダルメシアと副首都チェストの間には、イーストホープとダルカンダがある。
ダルカンダが最終防衛ラインになるとして…
「それでは俺はイーストホープに向かいます」
「ならば騎士団は北方防衛戦の後、ダルカンダに展開する」
「聖都は復興と捕虜の扱いに苦慮しておる。申し訳ない」
「アリサとルインをお願いします」
「あぁ。神の御加護があらん事を…」




