人魔戦争~ドール血族戦(2)
巻き沿いを喰らわなかった魔族が、ジーザスとレナードを無視して王都に向けて突っ込んでくる。
魔王の命令は王都の陥落だから、ジーザスの勝敗を待つ必要などないのだ。
「曼珠沙華は宵を魅せる。舞いれ、地獄蝶」
ふんっ!
ミミは地獄蝶を一振りすると剣閃が遥か彼方まで飛んでいき、その傷跡を大地に残す。
「お前達、ここを超えたら首がないと思え」
「魔血衆ミミ……!?裏切り者の始末は反逆にならないな!!」
ミミの言葉はもはや魔族にとって意味のない物。
それに従う理由が無ければ、当然のように魔王が発した命令を遂行しようとする。
「何人も通さない。ドールガルスの血海はミミの原罪だから!」
大地から赤い鎖が交差して巨大なフェンスのように、遥か上空へと立ち昇っていく。
そこを通過しようものならば、自らの四肢は別の場所へと墜ちている。
ドールガルスの死者に対する後悔の念から発現した新たなる力。
その者たちの運命と願いを全て背負った時に限り発動する事ができる。
《血海の約束》
目の前にある王都ダルメシアという餌につられ、赤い鎖に触れた魔族は数百にも及びその尽くが打ち落された。
遠方ではレナードの翼が一際大きく輝き、周囲の闇を払っていくのが目に入る。
「あっ、またあれ見られるんだ~」
ミミは嬉々としてレナードの方を見つつも、通り抜けようとした魔族を神速の一太刀にて斬り伏せる。
「ドールを否定するな!レエェェニィィ!」
「僕が…ドールだ!!」
《虚空見》
ジーザスの刀に雷が落ちると、更に魔力を高めて出力を上げていく。だがその反動でジーザスの浮き上がった血管からは血が噴き出し、身体の限界を迎えつつあることが分かった。
「待っても自滅しそうだが…この手で決着をつける!」
《修羅道・終焉ノ頂》
狂乱に魔力が絶えず供給され、光の翼はその切っ先を鋭く強靭な物へと補強していく。
その光は城下からも見えて、行きかう冒険者や商人が指を差してこう言った。
“あれは伝承の翼だ”と。
“英雄が守りに来てくれた”と。
「レェェェニィィィ!!」
「ジィィィザァァス!!」
二つの強大な閃光は二人を中心に魔力風が荒れ狂い、全てを吹き飛ばす塊となって周囲を襲う。
「なぜッ!」
ピキピキッ!
ジーザスの刀にヒビが入り、それはいくつもの水脈のように広がりを見せていく。
パキッ!!
「レナアァァーーッ!」
強大な魔力の塊は横一文字に周囲を薙ぎ払い、触れたもの全てを蒸発させる悪魔の一撃と成った。
「兄上…ありがとう……」
魔力風によって揺れ動く光の翼。
本来は敵であるはずの魔血衆が発動者の横に寄り添いこう告げた。
(もう、終わったよ…)
ミミが魔力を地獄蝶に集め、それを全周囲に解き放った。
「宵を魅せる。その約束はミミが断ち切ろう」
《運命の断罪》
生き残った魔族全てに閃光がまたたき、そして地に伏せる。
だが傷はなく全員が起き上がりだした。
この時ミミが何の運命を斬ったのか分からない。
けれどもそれは裏切りではなく、彼女の覚悟は血の涙となっている事がそれを物語っていた。
そして驚くべき行動に出る。
魔血衆ミミと、それをも上回るレナード。
その二人に対して魔族は畏敬の念を込めて頭を垂れ、戦意がないことを行動で示して見せたのだ。
それは魔王だけに忠誠を示す魔族が起こした、奇跡の行動だった。
この後ノイントが作った魔力を矯正する魔道具の手錠にて魔族を拿捕したが、抗う者は誰もいなかった。
だが魔族の捕虜の扱いについては考えていなかったので、首飾りでユウキに相談したらこんなことを言われた。
『地下ダンジョンに入れて入口を監視しておけば、中で勝手に生活するだろ』
『あぁーなるほどね。参考になったよ』
そこであれば暴れても壊されることはないし、外に出られるのは入口の一か所だけなので監視も容易い。
ついでにダンジョンの魔獣を食料にすれば放っておいても生きていけると言う事で、素晴らしい罪人の地下牢へと変貌を遂げる事になった。
「一先ず終わって良かったねぇ」
「ありがとう…君がいなければここまで来られなかったよ」
「ふふっ」
ミミは魔血衆だがこのダルメシア防衛戦の活躍により、叛旗の意を受け入れて無害と正式に認知された。
状況の報告を含めてダルメシア王自ら宣告する事によって、国民への理解を求めたのだ。
それは王城演説と言う異例中の異例で行われた。
直近では獣士の件がそうだが、本来は国民に演説をしなければならない事は少ない。
それが行事ではなく、戦時の緊急宣告ともなれば尚更だ。
国民…いや、三国中が傾注する中での演説となった。
「ドールは過ちを犯したが、ドールガルスの獅子奮迅の活躍によって王都までの進軍を遅らせ、矢面に立ちその邪を光の翼によって守り通した。ここに私は正当なドール家の末裔をレナード・ドールであると宣告する!」
ジーザスの蛮行が自分によって粛清され、清算されたことを宣告してくださった。
これでドールが人族に敵対したわけではなく、父たちの奮闘も正しく評価されて苛まれる事はないはずだ。
「邪を打ち滅ぼした光は皆の胸中と記憶に残るだろう…あれは英雄の再来であると!……讃えよダルメシアを!」
王も忙しいのに国民を集めてまで宣告してくれて、本当に感謝しても感謝しきれない思いだった。
僕はきっと何をするにしても、ダルメシア三世を裏切る事はないだろう。
彼が道を間違えれば全力で止めるが、兄の跡を継いで近衛兵長になるのも悪くはないと考え始めていた。
だから王の演説に対して、僕の口から自然とこの言葉が出ていた。
「ダルメシアよ永遠に!ダルメシア王よ崇高に!」
だがそんな思いを王は知ってか知らずか、演説は最後の言葉を紡いだ。
「讃えよ…レナード・ドールを!!」
「「ドールに感謝を!レナード・ドールに栄誉を!!」」
こんなに胸に響く言葉があることを…
今日初めて知った。
「母上…僕は……僕は!」
「顔を下げてはなりません!涙でボロボロになっても…顔だけは……っぅ…国民を見続けなさい!」
暫くは歓声に対してその汚れた顔を晒し続けた。
だけど、それを汚いと思った者は一人もいない。
僕がその拳を挙げ続ける限り、英雄が綻びる事は決してなかった。
「ミミのおかげかな…でも戦争はまだこれからだ」
「うん、サポートはするけど……」
「分かってる。前には出なくていいよ」
「ふふっ、ありがと」
そっと僕の肩に頭を載せ、くつろぐミミの姿があった。
それを陰ながら見て頷く母は“召し物”を渡した時から認めていたので何も言わない。
あれはドール家に嫁いできた人間が婚礼前夜に着用する礼服であったのだ。
服に困ったからと言ってオイソレと渡すような代物ではない。彼女の純真に触れ、同じ女性として何かを感じたから渡したものだった。
母はポークバーグで祝杯を挙げ泊まると言い、この日は寮に帰ってこなかった。