人魔戦争~ドール血族戦(1)
この人と共に過ごした時間は長いが、共に肩を並べて戦場に立つのは初めてだった。
その姿に教師の面影はなく、敵を見据えるその眼光は王都騎士団団長の物であって恐怖を覚えるほどであった。
「レナード、怖いか?」
「僕は一度対峙していますから。ここの守り、任せて貰えますか?」
……
バルトフェルド騎士団長からの返答はない。
ここを通せば王城はすぐ目の前。
城下の市民の命を握り、王をお守りする最上級の人間に対して『眺めて見てろ』と言ったのだから、不愉快に感じるのも無理はない。
だが打算が無くて言っているのではなく、頼れる仲間がもう一人いるので騎士団が安易に前に出る事を止めたいのだ。
「…ドールガルスは通された。それでもその願いを聞けと?」
「そう…ですよね。そう思いますよね」
「悲観で下がれと言うならば、貴様を斬るぞレナード」
―…グッ!
凄まじい圧力だ!
腹の底から込み上げてきたものが喉元を通って頭を突き抜ける。
気圧されちゃいけない…!あくまで冷静に!
「ゼリウスから連れてきた仲間がいます。その者と共に止めるので…どうかその後ろへ」
「お前らが倒れたらその四肢を踏み荒らしてでも死守するぞ。いいのか?」
「塵も残らずとも、敗者に価値なし―…」
しばらくバルトフェルドはレナードを見据えていたが、やがて重い口を開いて告げた。
「防衛線は後退しない。その前方に展開せよ」
よっし!
第一関門突破だ…ミミが何をするか分からないけど、王都騎士団を間違って攻撃でもしたら、騎士団が勘違いして同士討ちされてしまう。
「ありがとうございます。それと僕のパートナー、ちょっと変わっていますので驚かないでください」
バルトフェルドが口元を緩めて無骨な笑顔を作ったのを見て彼より前に出ると、戦場の空気が伝わってくる。
前方では彼方から土埃が舞い上がり壁を作っているのが見えた。
「ジーザスがおります。奴は狂気の能力にて激しい斬撃を使いますので、防御を密に」
「分かった…総員、防衛意識!レナードが孤軍奮闘ののち攻勢に出る!」
「「「承知!」」」
楯を構える騎士団の鉄の音が響き渡る。
そして土埃の中を漆黒の翼が激しい勢いで飛翔してくるのが確認できた。
《光の翼》
「レェェェニィィィ!死んでないとダメじゃないかぁぁ。今から俺が手伝ってやろう!!お兄ちゃんは優しいなぁぁぁアッハッハッハー!」
「ジーザス、もうあなたじゃ僕には勝てません」
ジーザスはノイントの《フラグメントシステム》を使い、既に《天満の翼》を発動しているようだ。
漆黒の闇に帯電した刀からは、禍々しい魔力が宿っており、絶えず魔力を吸収されているように見える。
イビルウェポン抜刀《狂乱》
《修羅道・灰塵滅殺》
「修羅に参る」
レナードから噴き出す巨大な魔力の塊は、美しい純白の羽根へと形を変えていく。
放出された魔力は大地から発する他の魔力を吸収し、そしてまた放出されるサイクル。
「これは…もう少年ではないな。ここまでの努力に敬服する」
騎士団はただ目の前の光景に我を忘れて見惚れていた。
ここまで美しく、そして強靭な技をこの目で見たことがなかったからだ。
「レナードが漏らした敵を討つ!前方傾注!」
「まだ動くな」
「なにっ!っくぅ!!」
バルトフェルドは久方ぶりに感じる恐怖という感情を思い出した。
美しき翼に反してレナードの形相は鬼のようであり、心臓に刃を突き立てられるような感覚を覚える。
弱い魔族はレナードのその眼光を恐れ、気を失いう者まで現れるほどである。
「魔血衆ミミ。後顧の憂いを絶て」
「はいな。ちょっと失礼、下がってねぇー斬れちゃうよ?」
「はっ?えっ、ちょ魔血衆!?レナード!」
魔王の側近で魔族の現地司令官でもある魔血衆が、人族のレナードと共に王都を守ろうとして、騎士団の前に立つ。
俄かには信じられない光景に唖然とするしかなかった。
「だから驚かないでと言いました」
「はは…ハッハッハ!やはりユウキの友人だな!」
その一言に僅かに口元を緩めると、前を向いてジーザスに意識を集中する。
一匹の蝶が自分の周囲を飛び回り、『こっちは大丈夫』とミミが言っていくれているのが分かった。
だから後ろは振り向かない。
ジーザスに向けて一気に跳躍すると、その刃を互いにぶつけて溜めた魔力を放出させた。
《天満・虚空見》
《修羅道・清浄なる迅閃》
二つの強大な技がぶつかり合い、周囲の大地が吹き飛び大気摩擦により稲光が縦横無尽に走る地獄絵図へと化した。
一撃目で虚空見を弾き二撃目で隙をつく予定だったが、虚空見の威力が思いのほか強く上手く入らない。
「ちっ!墜ちろ!」
《天満・清浄なる一閃》
《修羅道・八陣》
一撃に特化した戦い方をするジーザスに対して、流れるように技を繋げて徐々に切り崩していく。
《修羅道・切羽繚乱》
大放出した純白の羽根は、一枚一枚が凶器となってジーザスヘと襲い掛かる。
その数は数百にもおよび、一撃必殺を得意とするジーザスは弾き切れないと判断して飛び去り距離を取った。