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あなたの川は何色ですか?

 風魔法を使って螺旋状の坂道を少し下っていくと、破壊されていない階段が出てきたので安堵した。

 やがて六畳一間ほどの小部屋に出ると、まず目についたのは大小さまざまな葛籠(つづら)であった。


 灯りを向けると宝石類がキラリと光り、多種多様で数々のアクセサリーが詰め込まれているのが分かる。

 恐らく戦争前に隠したドールガルスの財産類であろう。魔族に強奪されるのを想定して父が隠したに違いない。


 だが母の姿が何処にも見当たらないのはどういう事だ?

 僕はこの狭い部屋で震える声を押し殺し、少し声を張り上げた。


「母上!レナードです。いらっしゃいませんか!?」


 ギイィィ……


 一際小さな葛籠が開き、中からは見慣れた女性が戦々恐々と姿を現した。


「レナードなの?あぁ…レナード!」

「母上!」


 安心したように母は僕に抱き着いてきた。

 学園へと旅立ってから身長は母より大きくなっており、僕が母を抱き寄せるようになっていた。

 自分でも気が付かぬ内に成長し、母が小さくなったとさえ錯覚してしまう程に時間が経っていた。

 そんな当たり前の事を嫌でも思い知らされてしまう。


 母が生きていたのは良かった。

 父の事はいずれ分かるから今は良い…


 そう思っていたら、母が声にならない声で小さく呻き声をあげると、目を見開いて後ろを指さしていた。


「あっ…あっ……魔族!レナード!後ろよ!!」


 母が指さす方向にはミミがいた。

 魔族の襲撃を受けて、この暗闇の狭い箱に避難したのだ。ミミを見て当然の反応だろう。


「母上、彼女は大丈夫です。改心しております」

「あなた何を!…魅了ね?レニーを魅了しているのね!!悪魔が!!!」

「ちがっ!ミミは違います!落ち着いてください」

「下がりなさいレナード、私とてドールに嫁いだ女!命を賭して護ります!!」


 ミミは母に言われた事を黙して受け入れていた。


 いかにしてドールガルスが陥落したのか。

 いかにして皆が守ってくれたのか。

 いかに突然現れた侵略者の蛮行が壮絶であったのか。


 ミミは三国大陸の人族から見れば侵略者である。


(ミミはレナードを殺そうとしたし、弱いのが悪いと思っていた。でも…)


 魔大陸では弱者であっても、ある程度の力量があり更に略奪される覚悟を持って生きている。

 逃げ惑う位ならば、最後の一遍(いっぺん)まで(あぎと)を喰らい付かせる気概で戦いが繰り広げられるのだ。


 だが今回はどうだろう?


(この大陸の人族はミミ達とは根底から違うの?)


 一体自分たちと何が違うのか。


 相手は防衛的な戦いをしたが、略奪される覚悟をしていただろうか?

 遺体の中には背中を斬られた者もおり、真向から衝突した者同士の戦いになっていないのではないだろうか。


 ドールガルスの惨状を見たミミは、同族に対して正しい事をしているのか疑問が湧いてしまった。

 確かに豊かな土地を求めるのは正しいが、やり方は正しくないのではないだろうか。


 魔王カイラスの命令故に実行しており、ミミにできる事は侵略する事が魔族を守るための行動となる…

 しかし現実、無抵抗な者にこんな仕打ちをして良いのか…


 そんな疑問が付きまとっていた。



 ミミは疑問の嵐に押されつつも、自分に短剣を向ける女性は片手一本で沈黙させられる。


 だが、それはできない。


 あの女性は力以上に凄い圧力で、ミミの事を圧し続けている。

 それは母の愛だ。


 だがこれも、いつどこで産まれたかを知らないミミには到底理解できなかった。


 だから目の前に立つ女性に対して自分の言葉なんて軽すぎて、きっと届かないから自分を(さら)け出す事しかできなかったのだと思う。


 戦闘で破けた衣類の代わりに、レナードが貸してくれたブランケット。


 ミミは自らそれを落として裸体を露わにした。

 腹部の傷跡はレナードが治してくれたが、魔力の痕跡を表すと激しい戦いがあったと容易に想像できる。


「ミミはレナードに助けられて、生き永らえて…それで……」


 ミミは自分でも驚くほど、足から力が抜けてその場に崩れ落ちた。

 こんな事は初めてで訳が分からない。


 常に元気だった魔血衆ミミの頬には一粒の雫が零れ落ちると、堰を切ったかのように幾重の筋となり涙が溢れ出ていた。


「ミミ…君も……」

「レナード…ミミは……」


 実は泣き叫んだレナードより、陥落した城塞都市のあり様を目の当たりにしたミミの方が深刻なダメージを心に負っていた。


 これが同族と共に攻め滅ぼしに来たのだったら、ミミも悠然と笑いながら敵を殺して破壊の限りを尽くしていたと思う。


“赤信号、皆で渡れば怖くない”


 こんな言葉がある通り、やってはいけない事を周囲の人間が全員行えば罪悪感など消し飛んでしまう集団の心理。

 だが、集団から外れて客観的に見ると凄く異常な事をしていたと知覚するのだ。


 この時支配する感情はなにか。

 背徳心と恐怖心だ。


 圧し潰されそうな重圧のサンドイッチに、具材となった自分は輪廻に逃げるか助けを求めるしかない。これに対して救いがあるとすれば一つだけだ。


「…レナード」

「大丈夫かい?」

「ミミは……どうしたらいいのかな?」


 足元から徐々に迫りくる背徳に襲われ、どうして良いかも分からない。


「償うほかない、と思う…死者は生き返らないから」

「死んで償うしかないよ…」


 レナードの母はミミの事情を知り、目を逸らして告げた。


「あなたの川は何色なの?きっと私たちは綺麗な青色をしているわ」


 言われた意味が分からなかった。

 だけどグチャグチャに混ざった感情の渦に出てくる色は綺麗ではなかった。


「茶色…灰色かなぁ…こんなにも綺麗だとは思わなかったの!だって戦争をしてたじゃない……」

「ダルメシア戦争は数百年前の話よ。世代が変われば考えも変わるわ」

「あ…母上、ミミは寿命が長くて、その戦争の時代に既に生まれていたんだ」


 母はその一言に驚き、この女性もまたミミとの環境の違いを考えさせられてしまった。

 目の前に居るのは、ドールガルスを破壊した奴らの仲間。


 だけどその姿はまるで、罪を認めてどうして良いか人生に迷っている女の子だった。



 ミミは背中に感触を受けてハッとして肩に手を置いた。そこには柔らかな感触とぬくもりを感じる物がかけられていた。


 自らにかけられたブランケットだ。

 それをしてくれたのはレナードではない。


「きっと今のあなたは、澄んだ碧色ね」


 ―ッ!


「あっ…あぁああ…ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 顔を上げられず俯くミミに、母はただ背中を擦り続ける。

 それは、泣きじゃくる娘を優しくなだめる母の姿であったように見えたかもしれない。



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