人魔戦争~希望ヶ丘の戦い(2)
挨拶と言うのは大事なものだ。
これから戦う者でも自分の仲間であっても、挨拶だけはちゃんとしないといけない。
そうしなければ知力ある者と獣の区分がなくなってしまうし、大義名分を相手に伝えなくては本当に無法者となってしまう。
挨拶を重宝するハウレストにとって、ホルアクティの奇襲とも取れるあの暴挙は当然許されるものではなかった。
「ウチは魔血衆ハウレスト。常識の外に居ります故よしなに」
「くっ!撤収!下がれ下がれ!」
手に持つホルアクティを投げ捨てると、引き下がろうとするリザードマンを締め上げて警告を発する。
「お友達がかわいそうと思うんやったら、みーんな帰ったらあかんとちゃいます」
『…レクサス様、緊急事態です』
『承知した』
ハウレストが鉄扇を首に近づけて少しずつ押し込んだところで、穴から出た黄色い閃光にリザードマンを横取りされた。
ハウレストはリザードマンが救助されたことも気づかず鉄扇を動かすと、それは空を切っていた。
「我はこの地の王レクサスだ。鱗ある者と同胞を傷つける事は叶わぬと思え」
「ふふっ、前と同じと思ったらちゃいます。今度はマンパワー…」
ハウレストは鉄扇の重さなど感じさせないほど優雅に構え、レクサスも両の手に持つ槍を構える。
するとレクサスの額がパックリと割れ、第三眼を開眼させた。
爬虫類はこの瞳を使い、暗闇でも感覚を研ぎ澄ませて暮らすことができる。つまり動体視力は他の生物の比ではなく人族など到底敵わない地力を有していたのだ。
だがレクサスだけが持つもう一つの特殊能力がある。
固有血技《俊敏の軌跡》。
身体能力を極限まで高めて相手に知覚させる事なく殺すほどの能力を得る。生来持つ動体視力があってこそ光る固有血技だ。
キンキンッ!
鉄扇と槍が相互に衝撃を起こし発する金属音。
ハウレストも鉄扇を使うなど近接戦は得意な方である。
二人の速度は音速の壁を超えて衝撃波を生じさせ、周囲の者達では手出しができなくなるほど激しい戦いが繰り広げられた。
これがこの戦いの初手である。
「えぇ~、あぁー!ウチは…もうダメや!」
「ふん!ふん!ハッ!ここか!?こっちか!」
「あぁ~!そこはあかんねん!」
衝撃波の中で何が起きているのか分からないが、凄まじい攻防が繰り広げられていた。
だが聞こえてくる会話の内容が如何せんピンク色をしている。
「おぉ…なんか色々と凄いが、どうなってるんだ?」
「わからん…レクサス様だからなぁ…ありうるな」
しかもレクサスは人望があれど信望は皆無だったのかもしれない。部下はこの状況を誰も誠実に受け止めていなかった。
「お前達下がっておれ!」
《アンリミテット・バースト》!
凄まじい衝撃波の中に老将ノーデストが突っ込み、五指に灯した炎をハウレストに触れて発動させた。
それは以前ユウキに使用して魔力の精製原を封印した技。
「チッ!」
ハウレストの周囲に炎の鎖が浮かび上がり、一気に締め付けんと襲い掛かった。
《漆黒の触手》
パァァァン!!
激しいさく裂音と共に炎の鎖が砕けて飛び散り、ノーデストの攻撃は発動前に防がれてしまった。
しかもノーデストはその勢いで穴の中まで吹き飛ばされた。
「ノーデスト!?」
「あぁ…こんなに早くウチの力を見せるつもりなかったのに」
「ぐふぅ…なん……だと!」
穴の中から僅かな声が聞こえた。
どうやら生存している事が分かり一安心だが、いま一体何に弾かれた?
鉄扇の動きはレクサスが押さえ込んでいたし、固有血技によって弾かれたと思われたが…
「ウチの固有血技は《漆黒の蝕指》。それ以上の説明は堪忍してなぁ」
レクサスが距離を取って警戒すると、魔力の塊が地面からそこら中にあふれかえるのが知覚できた。
それらをステップで躱しつつ更に距離を離すとその数が徐々に増加していき、やがては足場を失ってしまった。
それはさながら追い込み漁だ。
レクサスが地に足をつけた瞬間、漆黒の蔓が足元から生えてきてレクサスを捕らえる。
「ぐっ!」
「さぁ感じてええんよ!」
巻き付いた蔓はレクサスを締め上げて魔力を吸引し始める。
人族であれば肉体が寸断され絶命しているほどの膂力を持つ蔓なのだが、レザードマンの鱗と皮は頑丈でそれを許さなかった。
そしてレクサスは地に足をついて何も無かったかのように歩き始める。その背後には切断された漆黒の蔦が落ちていた。
それを見たハウレストは始めて目の前の敵に対して恐怖心を抱き始める。
これまで魔大陸で命を狙われた事は数知れず、しかし自分の身を案じた事はそう多くはなかった。
それほどまでに自分の能力に対して絶対的な自信を持っていたのだ。
だが今目の前にいる敵は何だ?
いや…生物か?
あの蔓に掴まれて動き続けた者は居ない。
他の魔血衆ガーミランや、魔王カイラスでさえあの蔓からは逃げられなかった。
能力によって逃げられはしたが、純粋に断ち切られた事は今の一度もなかったのだ。