人魔戦争~希望ヶ丘の戦い(1)
魔血衆ミルキーファームと共に転送したもう一人の魔血衆ハウレストは、ため息を吐きながら岩壁をクライミングしていた。
「なんでウチだけ一人なん…ほんま嫌やわぁ。こう言うんは…ガーミランの仕事……ちゃいますの…!」
はぁはぁ…と肩で息を切らしながら登り切った先で、今度は下る山腹を見て嫌気がさす。
しかし一方でその雄大な自然の光景に見惚れてしまった。
遠くの活火山では噴煙が立ち昇り、大自然の驚異を目の当たりにする。
よく見ると、平地になっているようで小さい丘がいくつもあり、そこに向かって飛翔してする鳥の姿が目に入った。
それは戦地の方向を知らせる獣人ホルアクティ。
向かう先は獣人リザードマンの本拠地であり、そこに攻め入るように示されていた。
リザードマンは魔族が戦争前に唯一相見えた獣人でもある。
魔王カイラスはあの小競り合いのような戦いの中で、レクサスの知性の高さと強さを認知し、手早く壊滅させないと背中を突かれると感じていた。
「あぁ~、トリさんウチを丘まで運んでおくれ~」
……
「ほんま飛ぶだけなんて、ええ性格してんねんなぁ。羨ましい限りやわ」
(けったいな性格しとるわ。チクチク言うとるのが分からんお花畑とはなぁ…)
ハウレストはホルアクティが運んでくれない事に対して不満を現すも、ホルアクティは言われた命令を全うするのみである。
実は彼らが聞いていないわけではなかった。
ホルアクティは他種族に深く関与しないことで、自らの生命を脅かす事が無いようにしているだけなのだ。
魔族の言う事を聞くことはしても、種の保存以外のことは考えていない。
つまり強き者達に巻かれているだけで、誰の味方でもないのだ。
ハウレストはブツブツと文句を言いつつも、リザードマンの本拠地である丘へと向けて着実に進み続けていた。
(嫌な視線…舐め回すようで気味悪いわぁ)
先ほどからずっと感じている視線があれど、一向に襲ってくる気配がないので進み続けていた。
流石にハウレストも夜目は効かないため、日が暮れ始めれば休息をとり昼間での移動が主となっていた。
こうして単独行動を取りつつ、数日の時間をかけて丘へと辿り着いた。
ハウレストは魔族に珍しく、戦闘自体をあまり好む者ではない。
だが決して弱いわけではなく、迫りくる火花を払っていただけでこの地位に辿り着いた人物だった。
なので隠密が得意であるとか、一対一の戦闘が得意であるとかそういった物は持ち合わせていない。
したがって攻める側になった事がないので、敵に対してどう接していいのか分からなかった。
(まずは入口に行って、お宅の畑貸してぇなって言えばええんちゃいますの?あっ!まずはドアノックがマナー…間違いない!)
一人最初のとっかかりを考えていると丘にある洞穴が目に入る。それも一つや二つではなく、大量にある事からこれが何かの巣である事は分かった。
上空を飛翔するホルアクティが旋回を繰り返しており、まさにこの場所が目的地だと告げていたのだ。
だがその丘陵の姿を見て出る言葉は一つしかなかった。
「扉ちゃうん?木柵がわっさーなっててゴッツイ扉にコンコンってするんちゃうの??ウチのノックするお手々どないしたらええん??」
突っ込みも入らない。
思わず首飾りに念話を飛ばして話しかける。
『ミミ~、ウチ泣いてまう。ほんま無理やわ、コンコンできひんの』
だがミミから返答はなかった…
この時ミミはレナードとの戦闘で通信魔道具が破壊され、レナードの膝枕で寝ていたのだがハウレストは知る由もなかった。
相談できる相棒がそんな状態とは露知れず、寂しさが増すばかりである。
「もうええわ、帰ろ」
「まてまて!カイラス様からリザードマンと戦えって言われてるだろう!」
ホルアクティが上空から思わず声をかけてしまった。
「だって思ってたのとちゃいます。ウチはウキウキしてここに来たのに誰もいいひんねん」
「仕方ねぇ」
そう言ってホルアクティは両手を前に突き出すと、穴に向かって火属性中級魔法の《クラスターボム》を発生させた。
ズガガガガン!
凄まじい音と共に、穴と言う穴からリザードマンが出てくるではないか。
「くそっ!いきなり《クラスターボム》をぶちまけるバカがどこにいやがる!!」
「ペッペ!口に砂が入った…」
ハウレストがロッククライミングをしていた時からリザードマンの斥候部隊によって行動は把握されていた。
この本拠地まで続く穴は幾重にもつながり、リザードマン以外では迷って出られなくなる防衛要塞。
その穴に入りもせずに、いきなり穴を壊すような魔法を使用するとは思いもしなかったのである。
実際使ったのはホルアクティだが、リザードマンには知った事ではないので『非常識なヤツ(魔族)が、非常識なやり方で、非常識な事をした』という事である。
まさに出会いたくない3Hが揃った、そんな事をやったとしか認知していなかった。
「ウチちゃいます!あのトリがお隣さんをドッカンしてるの見てました!」
「うっせぇ!お前がここに向かっているのを見てたんだよ!鳥が魔法使うかっての!」
「ほんまやねん!ウソだと思うんやったら聞いてみたらええんちゃいます?」
「鳥に言葉が通じるか!」
上空を見上げるとホルアクティは既に米粒のように小さくなっており、戦禍を免れようとしているのは一目瞭然であった。
「ちゃいます!ウチも楽しくしたいねん……せやから、これで堪忍して」
「ぐげ…ガァ」
ハウレストの突き出す手にあるのは、先ほど逃げ去ったホルアクティ。
だがあらゆる所から血が噴き出し、血祭とはまさにこの事だと理解させられた。
何をどうやったのか、リザードマンはハウレストが何をしたのか分からなかった。




