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人魔戦争~神無砦の戦い(1)

 コルモスが上空を見上げると、一際高い位置に鳥が飛翔しているのを確認できる。

 僅かに旋回するように進軍速度に合わせて進路を西へと向けており、コルモスはそれを目で追って動き出す。


 上空を飛翔する鳥は獣人ホルアクティ。

 魔王カイラスから指示を受けて侵攻方向を示していたのだ。


 通信機を使って口頭指示を出し手も良いのだが、初めて降り立つ地に感覚がないので言葉で指示を受けてもよく分からないのだ。


 この地の美しい景色を手中に収めるために先住民族を駆逐する。

 コルモスはこれに対してなんの罪悪感もなく、初めからそうする事が当たり前であるように考える事さえしない。


 だから気持ちは素晴らしく晴れやかであった。


 口数少ない彼にとっては非常に珍しく、鼻歌と合わせて歌まで零れ落ちていた。

 そう、まるで子供がピクニックへ行くように澄み渡った気持ちで……スキップをしたいほどに。


「ふんふん~あぁー……ドゥウィッシュ!」


 ドスドス…


 だが重厚な鎧がそれを許さないから、足跡がより深く地に残るのであった。



 魔力の集まりを前方に感じるのは夕暮れ時。

 眼前に広がるは長い壁の合間に見える小さな光。その関所と思われる場所に様々な魔力を感じる。


 そこはダルメシア王国とゾディアック帝国の国境に位置する“神無砦”。



 コルモスはそれを満足気に頷くと、中腰姿勢になり何かの反動に備える体制を取った。

 直後、背面から両肩に砲塔が二門、せり出すように稼働する。


 ダァァァァァアアン!!


 空気を震わせ、凄まじい勢いで魔力の塊が神無砦へと襲来した。

 初弾は奇襲ではなく襲来を知らせるための威嚇射撃。


 だがその威力は、高さ5mほどの石積み国境壁をいとも容易く破壊せしめた。


 神無砦には兵士が集められていたが、まだ襲来への対処がされていなかった。

 何事かと町では状況を確認しに来る人が大勢いたが、その中の一人が直ぐに有事を察知して悪態をつく。


「運がねぇぜ。広い大陸でなんでこの町なんだよクソッ!ガット…ポールダンサーは準備できそうにねぇぞ、その前に店が小麦粉になっちまう!」


 どこかのバーのマスターが小言を呟き、店へと貴重品を取りに向かった。

 彼は兵士ではないため逃げると言う選択肢を摂るが、関所では王都領に逃げる市民でごった返していた。


 王都の兵士は帝国領に向かいたい。

 だが庶民は帝国領から王都領に逃げたいので、関所は動けずパンク状態となってしまったのだ。


「どけ!兵が行かねば防衛ができない!!」

「うるせぇ!民がいなけりゃ兵なんていらねぇだろ!!」


 双方の意見は正しい。

 正しいのだが卵が先か鶏が先かの議論となってしまう。


 神無砦は攻撃を受けても魔法障壁さえ展開できず大混乱を起こし、最悪の事態を迎えていた。



 これを遠方から見ていた魔族はゲラゲラと笑い、制圧も容易と皆が騒ぎ立てていた。


 魔血衆のコルモスはどんな相手でも息の根を止めるまでは油断しないのだが、威嚇で撃った初弾がこれほどの成果を挙げたことに少々驚きを禁じ得なかった。


「平和とは…生物の生存本能を破壊する、かくも恐ろしい邪毒だ」


 コルモスは風魔法により空気を振動させ、人族へ向けて自らの宣告を解き放った。


「この健美麗容な大地を貪る悪鬼はすべからく処分する。消費期限は日の出、以上」


 単純明快。

 次の朝には攻撃を開始すると言い放った。


 今日は良いものを見たので非常に気分が良かったから、意味もなく執行猶予を与える事にした。逃げたければ逃げれば良いし、奇襲をかけたければ好きにすれば良い。


 食料は無いのだが、皆で勝手にどうにかするだろう。


 もしかしたら別働は既に攻撃を開始しているかもしれないが、自分がそれに合わせる必要もない。

 ガーミランとか戦いが大好きだからな…あの戦闘狂。



 その日は双方一定の距離を置いて休息を取り、簡易の拠点を築き上げた。

 そして魔族はそれぞれやりたいように狩りへ出かける。


 中には勝手に動き出して周囲の集落を襲うかもしれないが、まぁそれも良い。

 コルモスが案じても仕方のない事だ。それが魔族という根本からどうしようもない生物なのだから。


 唯一信望する魔王カイラスから、魔血衆を信頼するように言われているので命令に従うのだ。

 そして目的の地を奪取するという事は自分の生活が豊かになるという事だ。


 だから狩りも命令ではなく好きな奴が好きなように狩ってくるだけ。その後には食料の奪い合いが起こるが、弱い者が淘汰されるのは自然の摂理だった。


「貰うぞ…ん?これは?」


 コルモスが奪った食糧の中に赤い果実が含まれていた。

 香り良く口に放れば甘みが優しく包み込んだかと思えば、直後に強烈な酸味が襲来する。


「くぅ!サイッコウじゃないか!!ハハハハハハッ」


 今まで生きてきた中で干し肉などの質素なもの以外は知らない。

 様々な味わいのハーモニーを奏でる食料に胃酸の分泌は衰えることを知らず、奪った部下の頭を踏みつけながら興奮冷めやらない。


「コルモス様…御堪忍を…ぐふぅ」


 気が付けばコルモスは重い鎧兜を脱ぎ捨てていた。

 無口な男コルモスも思わず発してしまう感激の渦は、この晩に止むことがなかった。



 朝日が昇り自然と脳が覚醒していく。

 警戒した夜襲などは特に起きた様子もなく、周囲を一瞥すると昨夜の惨状が思い起こされる。


 部下の半数が頭から体半分が地面に突き刺さっていたのだ。


 どうやったらこんなに綺麗に刺さるのだろうか。

 分からない。


 …やってしまった。

 …やってしまった。

 …やってしまった。


 三度の念を込めて昨夜の失態を思い出していた。

 舌からくる衝撃の連続にアドレナリンは許容値を超えて何をやったかの覚えていない。


 それは酒を飲んだ時のように傲慢であり、普段の自分とは違った感覚さえあった。

 コルモスは立ち上がると自らの顔にウォーターボールを叩きつけて目を覚ます。


 どうやら昨夜のうちに敵方にも変化があったようだ。昨日とは魔力の量、質共に段違いで本隊が到達したと察した。


「起きろ、昨日よりは骨がありそうだ」


 コルモスに言われて周囲の強靭な魔族たちは覚醒していくが、今ここに残ったという事は、コルモスの大暴れに耐えたという事である。


 それは一種の蟲毒。

 蟲毒とは密閉空間に様々な毒蟲を入れ、最後に残った強者はより強大な毒を持つようになる。


 コルモスは突き刺さる同族の墓標を無視して進み出ると、昨日と同様に中腰に構えて威嚇射撃を開始した。


 だが昨日のようにはいかない。


「おぉ、良いぞ、よいぞぉ‥‥」


 完璧で麗美と言える魔法障壁が神無砦全域に展開されていた。

 そして威嚇射撃は障壁に着弾するも、傷一つなくその身を誇示しているではないか。


「魔族よ、この地に来たことを後悔させてやろう。最も過酷で強固な我が領土である」


 その声には狭小な者ならば、聞くだけで震え上がるほどの威圧が込められていた。


「私はコルモス…いや、違う。私も殻を脱ごうじゃないか……」


 そう言ってコルモスは重厚な兜を脱ぎ捨てたのだ。

 まだ戦いは始まってもいない。


 


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