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一輪の花

 魔血衆コルモス。


 彼は重厚な鎧に身を包み、普段は口を開くことがない。

 だがそんな彼は人一倍、三国大陸への憧れが強かったと言える。


 魔族が住まう遥か北の大地は、極寒の地にて草木が生存する事も許されない過酷な大地であった。

 魔族は長寿であるのだが、その弱肉強食と言う厳しい環境特性から長生きできる者というのは限られている。


 人一倍強かった彼は、魔族でも成し得たものは指折りしかいない“融和のカーテン超え”を果たした。

 そして豊穣の地へと辿り着いた先で見てしまったのだ。


 草木広がる花の絨毯を。


 それは白や黄色、色とりどりの花たちが迎え入れ、魔力が制限されて辛い身体が癒されるのを感じるほどであった。


「私は…これを愛でたい……!」


 当時その呟きを隣で聞く強大な力を持つ者は居ないので、コルモスはただ一人決断を下すのであった。


 だがアレは非常に難儀だった。

 “融和のカーテン”という邪魔な物のせいで南下することが出来ず、四季のある地へと永住する事が許されない。



 それは魔王カイラスが誕生するずっと昔の話であった。


 そんな思いを持つ彼の目の前で、カーテンはいまボロボロになって崩壊を始めている。

 コルモスは重厚な鎧の中でそれを眺め続けながら呟く。


「……美しい。そして愛執(あいしゅう)を覚える」


 その声は非常に小さく、転送前の物資運搬や怒声によってかき消されてしまった。


 誰にも聞こえなかった言葉には何の意味を持つのか。

 そんな事は気にも留めずにいると、突然自らの足元が光を発してもの凄い勢いで光が走り始めた。


 始まったのだ。


 かつて伝承のみにあった“融和のカーテン崩壊”によって発動する転送魔法陣の働き。


「動くこと為らず。生きて辿ると良いな」


 コルモスの声に気にも留めていなかった部下たちは、先ほどとは打って変わって全員が傾聴していた。


 声に僅かな魔力を込めることで、自然と周囲に自覚させている。

 繊細な魔力操作が織りなす業であった。



 その間にも光は地面を走り抜け、時に永久凍土と化した氷を割いて形を完成させていく。


「ミミは先に行ったが、これは…」


 パシュ!


 乾いた炸裂音がして皆がそちらを見ると、周囲で同じように弾け飛んで行くのが目に入る。

 魔法陣が起動して物理的に遠方へ向けて一気に飛んでいるのだ。


 現代の転移魔法陣は扱える者が限られるが、その能力は空間同士を繋げ合わせてトンネルを抜けると表現できる。

 しかしこれは…とても原始的でかつ、死ぬかもしれない危険な代物。


「なるほど…融和のカーテンが解けると発動するのはそういう事か」


 パシュ!


 凄まじい重力加速度を感じると、景色は広大な海へと変わっていた。

 そして虹色に輝くボロキレを吹き飛ば、あの豊穣の地へと向かい飛び去って行く。


(融和のカーテン。恐ろしき力で誰が使ったかも分からない…だが)


 はては進来を恐れた誰かが発動した半永続魔法だったのか。

 その目的と本来の用途など誰も知らない。


 暫く空気抵抗を頭で感じていたのだが、地面が近づくにつれて着陸姿勢を取った。


「ふんぬッ!」


 ズガァァァァァン!!


 コルモスは地に着く感覚と共に衝撃を地に逃がすと、凄まじいクレーターを残して停止した。

 それほどまでの慣性力が大地に向けて発せられたのだ。


 周囲には着地に失敗した魔族が吹き飛び、四散していく様が見て取れた。

 まさに阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図であるのだが、魔大陸に住む者であればこの程度のことは日常茶飯事。


 弱き者はこの転送に耐えられず浄化される。恐ろしい古代の代物だった。



 だが、そんな事どうでもよい。

 今はただ、目の前の光景に目を見開く事しかできなかった。


 大きな巨木が群れを成して生息している森。

 大地には邪魔とさえ思えるほど群生している緑の絨毯。


 かつて見たあの大地はまだ現存していて、そしてそのままの状態で残っていてくれた。

 こんなに嬉しい事はない。


 あのとき魔王からカーテンを通過して任務をすると誘われたが、()()()よかった。

 私はもう一度景色を羨望(せんぼう)するのならば、邪魔なものが消え去ってから堪能したいと思っていたのだ。


「素晴らしい…あの時見た物と同じ……白くて美しい形の草は何だ?」


 一輪の花。


 まだ季節は温暖と言えないが、それでも僅かに咲く花はあった。


 たかだか一輪の花。

 しかしそれが生息しない地に居れば、それが何なのか分からず感激するだけである。


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!!」


 故にコルモスは叫ばずにはいられない。


 そっと花を傷つけぬよう防護壁を展開して歩き出す。

 同族たちが大量に歩いては、この美しい白い草達が踏みつぶされてしまう。


 そんな事は今の私には到底看過できたものでない。

 踏み出す地面は柔らかく、適度な湿度と栄養ある土壌である事も分かる。


 魔王カイラスは間違っていなかった。

 遥か昔に私を誘ってきた彼は本当に魔大陸を統一してしまい、そして再び私をこの地に降り立たせた。


「今度は私が恩を返そう。さぁ行こうか、魔王カイラスよ!」


 転送に失敗した同族の雑魚には気もくれず歩き出す。


「さぁ、この地を制圧しようじゃないか」


 それに呼応するようにコルモスに続き魔族は西へと進軍を開始した。


 転送先は大陸東側ゾディアック帝国領。

 王都領との関所である神無砦から僅か50kmほど東へ離れた位置であった。


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