人魔戦争 〜聖都防衛戦〜(5)
「お嬢…」
「グロッサムさん、ありがとう」
そこに立つのは首が吹き飛び、心臓を貫かれた少女。
アリサだった。
ガーミランは体を震わせて小槌《轟搥》を落としそうになるが、堪えて再び魔力を上げていく。
空気が震撼し、落ち葉はその魔力風によって裂かれる。
「私の髪留めは最愛の人から貰ったものなの」
「理由にナルか!?アノ状態から全回復ナど!」
「ユウキはね、赤龍の子孫なのよ」
「赤龍の……まさか伝承は真実ダと言うノか!?」
魔族に伝わる伝承が何であるかは分からない。だが大凡見当がついているのだろう。
「死者を生き返らせると言うのか!赤龍は!」
「さぁ?でもユウキがくれた髪留めが切れた時《龍の囁き》って言うユウキの技が発動したわ」
それは生きるものであれば、凡ゆる傷や病気を治癒する技。
真龍の中でも赤龍にしか扱えない特殊な技だ。
「赤龍とは一体……だが、結果は変わらぬ!」
「変わるわ。だって私はあの子達を守るから!」
アリサは左手を前に突き出し、その拳を握りしめてゆっくりと開いくと霜が飛び去り、美しい陽光の乱反射を魅せる。
それは新たなる目醒めのとき。
固有血技《氷結の意志》
これまでの生活の中でその前兆はあった。
感情が昂った時や、生命の危機に瀕した時に周囲の温度を急激に低下させた。
それはリザードマンの本拠地であったり、今この戦いの最中にもあった。
アリサの周囲には冷気が立ち込め、多数の巨大な氷柱が浮かび上がる。
そして一瞬にして自己強化の魔法を完遂させる。
《真・ストロング》
《疾風》
《融和の小窓》
アリサは穴が開き散り散りに破れた自らの服を燃やし、氷と炎で新たな服を作り出した。
「素晴らシい衣装だ…見惚れてシまった!」
ガーミランは轟搥を投げると同時に放電を開始する。
「堕ちろ!その意志を破砕スル!」
「やってみなさいよ!」
氷柱を一本手に取り、風の力を使って一気に疾走する。
初級地属性魔法、《グレイヴ》
誰にでも扱える魔法で地を隆起させる。だが、アリサには至ってはそれは普通ではない。
その数が異常なのだ。
正面から迫りくる放電を《グレイヴ》で地絡させ、足場にしてさらに加速する。
ガンッガンッ!ガンッ!!
ガーミランが投げた轟搥は、勢いを止めるどころか《グレイヴ》を破砕しながら進んできた。
(どんな力で投げれば粉々になるのよ!)
轟搥はガーミランから発した稲妻を中継してアリサに屈折させる。
バンッ!
《氷殻》
棘のついた氷像がいくつも生成され、ガーミランの目の前にもそれは作られていく。
触れれば切られ、その部分から凍結する死の氷像。
「氷も電気を通さないわ!」
「むう!これシき!」
《雷の荊棘》
ガーミランは氷塊を破壊しなからアリサへと特攻を仕掛ける。
「ウラァァァ!!」
「ルイン借りるわよ!」
ルインはアリサの意図を理解して頷き返す。
「ボクを使って…《クロス》!!」
ルインは自然とこの言葉を口にしていた。
それは互いに能力を理解し、信頼した者同士でしか発現することが出来ない技。
《サイレントミスト》に《氷結の意志》を交差させる。二つの異なる性質の固有血技を合わせて相乗効果や、異なる効果を得る秘技だ。
「「舞え《氷霧》!」」
「ムぅ!轟搥よ、唸れ!」
一瞬にして濃霧が発生すると、それは氷の粒となって雷を阻害する。
だがガーミランも固有血技が阻害されたからと言って、ただ呆けてはいない。
絶縁空間である《氷霧》を無理やりこじ開け、大気を吹き飛ばしながらアリサへ特攻する。
《融和の小窓》が織りなす魔力残滓。
アリサは虹色に輝く氷像を作り出し、ガーミランに誤認させてぶっ壊させた。
そこに氷柱を突きつける。
「発破!」
氷柱の先端を爆発させ、凶器の破片となりガーミランへ降り注ぐ。
周囲に展開した多量の氷柱を手に取り、爆破四散させては連続して突きつけていく。
「いち!に!さん!し!ごぉぉ!!」
その威力は、チップ入りの手榴弾を連続爆発させているようなものである。
「夢幻の世界へ……」
《絶対零度》
切傷だらけのガーミランを中心として半径20メートルが突如として凍りつき、全ての戦闘行動が停止した。
そして皆がガーミランを見る。
「ガーミラン様……?」
誰が言ったか分からない。
魔血衆は魔族の中でも選りすぐりの精鋭であり、彼らは無敵であると言う一種のカリスマ的なものがあった。
それが今、氷漬けになり沈黙を許している。
「やったのか…お嬢?」
「勝ったの…アリサ」
勝利の美酒に酔って良いのか、誰にもが判断つかなかった。
だがそんな空気を狂わせる歯車は回り続けていた。
ブンブンブンッ…ガキン!
何かが回転する音と共に、封印された氷塊へと激突した。
それはガーミランが持っていた小鎚《轟搥》。
「ヒビが……アリサ!?」
「ルイン分かっているわ。あれは起きる」
アリサが再び戦闘態勢に入ると、破砕音と共に氷塊は砕け散りガーミランは轟鎚を手に受ける。
「ユニバァァァァス!!アリサ、お前は俺様ノ求める者だ。共に生き、共に隣人として笑いたいと思うほどに」
「えぇ、そうすれば良いわ。貴方はまだ引き返せるから」
「“雹炎の魔導師” よ、背負うものがソレを許さない。故に必要ナノだ…終幕がナ」
アリサはそれにただ頷き、天高く飛翔する。
この跡にはキラキラと氷の粒が舞い、儚くも美しい残滓が尾を引く。
それを目で追いながらガーミランは小鎚を構えると、《轟搥》が巨大化していく。
《雷電の羽衣》
神経伝達速度を向上させ、人族ではなし得ない筋力を手にする。
轟鎚を真に扱うには先ほど会得した技が必須であった。
故にこの闘いで会得した固有血技《雷電》の最終奥義。
「…俺にもドうなるか分カらんッ」