真実を語るポスター
聖都サンクチュアリに滞在していたアリサたちは、僅かな期間であったが住民が皆幸せに暮らしているのがよく分かった。
王都ダルメシアはどちらかと言うと全体的に活気があり、冒険者と商人が経済を良く回っている感じであった。
その反面闇の部分も色濃く残り、奴隷制度などの貧困の差も如実に出ている。
だが聖都サンクチュアリでは余裕のある者が教会にお布施を行い、それを受けて仕事のない者は見つかるまで教会が面倒を見てくれる。
そして仕事が見つかれば神への感謝として後で返還に来るわけだが、それを嫌々でやる人はいないと言う訳だ。
“住所不定だと住民登録が出来ず仕事ができない”
というような悪循環をどうにかして無くそうと考えたのが始まりであり、それを教会が率先して行う事で助け合いが生まれたのだ。
当然のことながらこの制度を悪用しようなどと言う輩は神の御前で裁きを受ける。そもそもそういった人はこの地で永住的に生活ができない雰囲気が出来ている。
何故かと言うと、信者が大半を占めるこの都市で反信仰的な行動は慎まなければ生きていけないという事だ。
旅行者に押し付ける事はしないけれども、逆に自分たちの敷居である礼拝をバカにされたりすれば当然の報いを受けることになる。
人が生活する上で信仰心を取り入れ、政治と信仰の循環を共生させた都市であった。
「子供たちの笑顔が絶えない街ね。こんな街に住みたいわ」
「ん~、ボクには無理かも」
「なんでよ?」
アリサはルインがこの街で生きていけない理由が分からなかった。
確かにこんなにも素晴らしい街だが、信仰の部分が合わなければ厳しいかもしれない。
だがルインは少々違ったようで、腕をまくってある物をアリサに見えるようした。
そこにはドクロに巻き付いた鎖が斬られた印が描かれており、闇ギルド員である事が分かる。
「ボクにこの街の笑顔は眩しすぎるよ…」
「あっ…ごめんなさい」
うんん、とルインは謝罪を受け取らなかった。
ルインからしてみても別に暗い話に持って行きたかったわけではなく、自然とトーンが落ちてしまったのだ。
「あとね、ご飯の前の御託が長いのダメ、ぜったい!」
「あはははっ、食べ物の恵みに感謝するのは良い事じゃない」
「うぅー」
ルインは唇を尖らせて納得したようなしてないような、微妙な声を漏らしていた。
ルインと二人だけで楽しんだのって久々かもしれないわ。そう思って周囲をブラブラしていると、ルインが突然シャキっと背筋を伸ばしてすっ飛んでいった。
「こっちだあああああああああ」
「あっ、ちょ!ルイン!!なによもー」
ルインはすさまじい速度で走り抜けるのを追いかけると、やがて出店が沢山並ぶエリアへと出た。
中央では修道士が噴水を綺麗に回転させ、見事な水流劇を噴水を披露しており、その周囲ではペアとなって楽しそうに踊っている人たちがいた。
「お祭りかしら?ルインはどこに行ったのよ…」
キョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていると、出店がある方に気配を消して高速で走り抜ける人物がいる。
あんな芸道ができるのはルインしかいないので、すぐに彼女だとわかった。
(なんで《サイレントミスト》を使って出店に寄りまくってるのよ…)
ルインは捉えようと思っても中々捕まえることが出来ず困っていると、同じように困った顔をした8歳位の少女が噴水の方を見ていた。
アリサは女の子に「どうしたの?」と問いかけると、噴水を指さすばかりで答えてくれなかった。
「もしかして踊りたいの?」
少女はわずかに顔をコクンと下げたのを見て、優しく微笑んで誘う事にした。
「実はね、私の友達が出店を走り回って一人になっちゃったの。可哀想な私と踊ってもらえないかな?」
そのお誘いに彼女はパァーっと目を輝かせて、嬉しそうに返事をした。
「うん!おねぇちゃん、私と踊ろう!」
「私はアリサ。よろしくお願いします」
「セリーヌって言うの、あっちが空いてるよ!」
「セリーヌちゃん、いい名前ね」
私はダンス経験などないので、セリーヌの方がむしろ私をリードしてくれるように踊ってくれた。
寂しそうだったから誘った私だったけれども、何故かこの子に凄く元気を貰った気がした。
やはりこれから戦争が始まるっていう怖さは、心の奥底で渦巻いていて離れないんだと思う。だけどユウキが居なくたってやらないといけない。
だってこの街が好きになっちゃったんだもん。
しばらくして足先が疲れるほどセリーヌと踊り明かした私は、ベンチに座らせてもらった。
「アリサお姉ちゃん大丈夫?」
「はは…ごめんねぇ、体力には自信あったんだけど普段使わない部分が…」
セリーヌが心配そうに見つめてくると、噴水の方から人が近寄ってきて声をかけてきた。
「セリーヌ来てたんだ!踊ろう!!」
どうやらセリーヌの友人が来たようだった。
約束はしていなかったけど、知り合いに誰とも会わなくて踊れなかったのだろう。
「ぁ…でも」
「セリーヌちゃんありがとう。私とっても楽しかったよ。休憩するから行っておいで」
「うん!またね!」
セリーヌは友達に連れられて再び噴水の輪の中へと身を投じた。
さてと、私ももう一仕事しないといけない。
「ル~イ~ン~~~」
「げぷっ、おいしかったよぉ」
ベンチでアザラシのように倒れているルインを見つけてここに来たのだ。
揺すっても起きそうにないので、魔法の言葉を口にする。
「太るよ?」
眼がシャキっと開くも身体は起き上がらない。
どういう心境だろうこれ?
「ユウキなら大丈夫。どんなボクも受け入れるよ」
「いや流石にアザラシは無理じゃないかな…」
結構まじめに思ったことを口にしてしまった。
「ぇ?ボク今そんなお腹してる?」
そう言って起き上がりお腹をサスサスしだすと、次第に顔が真っ青になって行く。
食べた量とお腹の出具合に関しては気にせず、ひたすら食べ回っていたようだった。
「わぉ…オットセイ……へへっ」
私は思わず頭を抱えてしまった。
なんで《サイレントミスト》を使っていたのか気になって聞くと、いかにもルインらしい答えが返ってきてしまった。
「人が邪魔だから気配を消した。今では反省している…と思う」
「もぅ、今日は帰ろうか」
「ぇー!まだ祭りはこれからだよ!?」
どうやらルインはこの祭りを楽しむつもりだったらしい。
まぁ特にやる事もないし、聖都を守るためには地理を知る必要があると言って歩いていただけだった。
「しょうがないわね。たまたま見つけたお祭りだもん、楽しみましょう」
「そうこなくっちゃ!」
こうして私たちは久々に冒険者ではなく、一般大衆としてお祭りを楽しむことにした。
これが最後になるかもしれない、なんて言う考えはどこかへと吹っ飛んで行ってしまう位に。
そして日も暮れて宿屋に戻った私は、一先ず部屋へと向かい荷物を整理しようとした。
だが通路の途中で『とあるポスター』が目に留まった。
『今年もやってきた生誕祭!神に感謝し踊ろう!』
たしか今朝方に聖都の都市部を見て周ろうと言い出したのは彼女だった。
「このブドウジュースおいしいねぇ!前に飲んだ味にそっくり!!」
「ねぇちゃんいい呑みっぷりだな!おいおい、ちょっと前広げすぎだぜ?」
「ボクのはね、小っちゃいから見たっていいんだよ?一杯オゴリね!」
「食えねぇ姉ちゃんだぜ!ガハハハ!!」
食堂の方からルインと冒険者の声が響いてきた。
「これは確信犯ね」
溜息を吐いて部屋に戻ったあと、彼女のいる食堂へと行き一緒に楽しんだのは言うまでもなかった。
「レモン♪レモン♪頭でショット♪」
「なんだそれは?」
「リザードマンとやった遊びで、レモン投げて頭に乗っけるの。落としたら脱ぐか麦焼酎に絞ってワンショット」
「そいつは良いな!俺もリザードマンと呑みたくなったねぇ」
これから魔族と戦争が始まるとは思えない平和な日々。
その裏ではこの街では聖騎士が着実に防衛力を高める準備を進めている。
冒険者も遠方の依頼は全てシャットアウトされており、聖都の南に広がるモリス森林位しか行けなくなっていた。
そのモリス森林もオークのグロッサム一族が暮らしており、彼らが獣士として認められまでは超危険地帯とされていた。
この平和は容易く壊されるだろう。
けど護りたい世界があるという事を、改めて感じさせられる一日となった。
この数日後、特殊転移魔法陣が発動しモリス森林の方角に赤い光が天高く舞い上がる。
ユウキが予測した通りの方角であり、準備は十二分に取られている。
開戦の狼煙で一際心臓が高鳴るのを止める事は出来なかった。